「腹が立つ」「頭にくる」の違いから考える、短気を治す方法 | コップのお話
 

こころ

「腹が立つ」「頭にくる」の違いから考える、短気を治す方法

 
Glass Story

縦棒 短気な性格

幼い頃から、すぐに怒っては友人や家族から「短気」と指摘を受ける。

そして、その言葉に余計に腹が立つ、頭にくる、ということを繰り返してきた人も、決して少なくはないでしょう。

もしかしたら、そんな短気な性格を変えたいと、啓発本や心理学の類のものを読み漁ってみたことも、一度や二度ではないかもしれません。

しかし、もしその短気な性格を変えたい、治したいと思ったら、色々な本を追いかけるよりも、まず最初に「短気」の性質に目を向ける必要があります。

ここで言う性質とは、なぜすぐに腹が立つのか、なぜ頭にくるのかという原因と、そして、この「腹が立つ」と「頭にくる」という二つの感覚の違いのことです。

以下、解説したいと思います。

 

縦棒「腹が立つ」と「頭にくる」の違い

一般的に慣用句として使われる、「腹が立つ」と「頭にくる」という言葉。改めて、その違いを意識してみたことがあるでしょうか。

腹が立つという状態と、頭にくるという状態、その両者の違いとは何か。

じっくりと自身の「怒り」を観察してみると、そこには、「腹」と「頭」をキーワードとした、文字どおり身体感覚的な差異があることが実感できると思います。

この感覚的な違いを言葉で説明すると、次のようなことが言えるでしょう。

 

まず、「腹が立つ」ときには、「私は、あなたの言動に腹が立っている」と言える。「まったく腹が立つね」とため息を吐き、コーヒーを啜ることもできる。

そして、「その理由はね ─── 」と説明することも可能です。

なぜなら、彼の怒りは、まだ理性、要するに「頭」に押し寄せてはいないからです。「頭」に到達していない。ただ腹が立っているだけだ(この腹を立てる矛先が、彼の人間性を形作っていると言えるかもしれません)。

一方、「頭にくる」ときはどうでしょう。

読んで字のごとく、すでに頭に「何か」が押し寄せてしまっています。そのため、理性を満足に働かせることはできません。

端的に言うと、カッとなる、キレてしまっている状態のことです。

腹が立つときは、「腹が立つ」と言葉にして、怒りの矛先を自覚できます。しかし、キレたときは、ほとんど行動アクションが先に表出するのです。

 

僕たちは、腹が立つ場合には、腰を据えて話し合えば、分かり合えることもあるかもしれません。

また、「すぐに腹が立つ」性格を治す方法としては、普段から古今東西の物語を読むことで視野を広げたり、年齢を重ねることによって寛容さや柔軟性を身につけることもできるでしょう。

しかし、「すぐに頭にくる」という場合は、活字や体験云々ではなく、深呼吸やマッサージ、「頭を冷やす」など、身体的なケアをしてあげなければ抑えられません。

互いに、言葉だけで分かり合う、ということは極めて困難な状態となります。

この二つは、なるべく区別して理解する必要があり、「腹が立つ」と「頭にくる」を、同じように「短気」と一括りに纏めるのは、それこそ短絡的な考え方と言えるでしょう。

 

すぐ頭にくる、というのは、決して「未熟だから」ということではありません。

それは、体からの悲鳴を訴える黄色信号なのです。

それでは、一体どんなときに「頭にくる」でしょうか。

恐らく、あれにも対応しなくちゃ、これにも対応しなくちゃ、と同時に様々な方向から「情報」が放り込まれ、そして、無意識のうちに、「もう限界だ…….」となったとき、「頭にくる」のではないでしょうか。

両手で抑えようとしても溢れ出てしまうように、攻撃的な言葉や態度が次々に表出してしまう。

それは「未熟」だからではなく、「容量オーバー」になっているのです。

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現代では、処理しなければいけない「情報」が激増し、心身はすっかり疲弊しています。

一方で、まるで反比例するように、対応しなければいけないことや選択しなければいけないことが無限のように押し寄せてくる。

この狭間で、現代人は引き裂かれているのです。

そして、そのために、すぐにキレる、カッとなる、「頭にくる」人も増えてしまっているのです。

 

縦棒 人間性の欠落

体も、心も、真面目に、目に見えるものから見えないものまで必死に対処しようとしてきた。ゆえに、頭にくる。

それは、個々人の側の社会性の欠落が原因にある、というよりも、長年に渡る社会の側の人間性の欠落の結果です。

だからこそ、「すぐにキレる若者」と称して若者だけに責任を負わせ、安易な世代論や病名で片付けようとする大人たちに、僕は静かに腹を立てているのです。

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2014-04-06 | Posted in こころ