日比谷文化図書館、内田樹×養老孟司の対談「未知の身体世界へ」の感想 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

文学と芸術

日比谷文化図書館、内田樹×養老孟司の対談「未知の身体世界へ」の感想

 
Glass Story

縦棒  内田樹×養老孟司の対談

先日、日比谷で行われた、「未知の身体世界へ」と題する内田樹さんと養老孟司さんの対談に行ってきました。

そのときの感想を簡単にまとめたいと思います。

 

対談の中身は文字通り、「身体」でした。

形式は、お二人の新著、マタギや茶の湯といった日本の身体的な運用の達人者たちを巡った内田樹さんの『日本の身体』と、西洋の墓地や教会を巡り、教会文化にとっての「死」について考察した養老孟司さんの『身体巡礼』を題材にし、若手数学者の森田真生さんが司会で、ゆらゆらと脱線しながら話を進める、というものでした。

 

縦棒  会場や対談の雰囲気

対談の会場は日比谷文化図書館。

無機質な道路が走り、高層ビルに囲まれた日比谷の冷たい空気のなかで、その場所は木々も立ち並び、とても落ち着いた空間でした。

会場内も清潔で、ミニシアターのような綺麗な椅子が並び、薄暗い照明もほどよい灯りだった。


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登壇する人々の雰囲気やテーマがこういう独特のものであり、また対談の性質上「似た者同士」が聞きに訪れているためでしょうか、まるで都会の秘密基地のような温かな空気が漂っていました。

 

縦棒  対談の内容

内容の全てを紹介することはできないので、個人的に興味深いと思った幾つかのエピソードを断片的に紹介したいと思います。

たとえば、養老さんは、日本人の多くが「無宗教だ」と言うけど、それは「無」宗教、つまり「無」の宗教であって、それほど仏教が根付いているのだとおっしゃっていました。

それと、放射能が危険だと騒いでいる母親たちは、自分自身が子どもの危険になる可能性を考えていないところが恐ろしい、と。

それは確かその直前に話していた「厭世観」とも繋がっているものだったと思います。

養老孟司さんは、少年時代を戦時中に過ごしました。

だれかと喧嘩したり、思いっきり悩んだり、戦時中の空気を目一杯に吸って人格が形成された。

その「空気」が、戦後になっていっせいに否定されてしまった。方針も価値観も、180度変わった。そのため、根底から揺さぶられ、行き場を失ったような感覚になった。

だから、そもそも「世間」というものを今も信用していない。

そして、それゆえに「役に立たないことをする」と養老さんは言います。役に立ってしまったら、その瞬間、「世間」と共犯者になってしまうから。

 

内田さんの話も相変わらず面白かった。

彼は、「自然を記述するときは文学のほうが近づける」と言います。

内田さん自身、合気道の指導のときに、「ここの筋肉をこれくらい上げて、と言うよりも、たとえば、もっとベジタブルに、と言ったほうが動くんだよ」と笑っていました。

論理は、あるラインまでは案内してくれるかもしれないが、自然は、そういった人工的な「言葉」では記述しきれない。むしろ科学的、論理的であればあるほど、内実から遠ざかる危険性さえある。

それは「愛」を想像していただければ分かるのではないでしょうか。「愛」は、辞書や論理では説明しきれません。

むしろ辞書的な言葉からは、もっとも遠いと言ってもいいかもしれません。

夏目漱石が「I love you」を「月がきれいですね」と表現したという逸話があるように、自然物のような壮大で目に見えない動きを表現するときには、詩や文学の方が、より真実に近づける。

 

森田真生さんの、その場所に収まりきれないような、ほとばしる若さからも、エネルギーとイマジネーションをもらいました。「憑依」というキーワードもあったように、いったん話し始めたら、何者かに憑依したように、勢いよく喋り尽くす。

そして、ふと我に返って、「ぼく、司会ですけどね…」と照れくさそうに笑う。

途中、「諸行無常」という言葉も出てきましたが、僕には、ぼんやりと灯りに照らされた壇上の光景や、会場内の温かさに満ちた空気が、まるで夢の世界のように思われました。

それは遠い未来、僕が彼らと同じくらいの年齢になった頃に思い返す、「あの頃」のような映像でした。

そのとき、その世界に彼らはもういないんだな、と思うと、なんだか悲しみと神秘の入り混じったような、不思議な不思議な感覚に包まれるのでした。

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2014-05-30 | Posted in 文学と芸術