不安と不安感の違いから見る、日本社会で閉塞感や息苦しさが蔓延する理由 | コップのお話
 

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不安と不安感の違いから見る、日本社会の閉塞感や息苦しい原因とは

Glass Story

不安と不安感の違い

人類の根源的な感情の一つに「不安」があります。

宗教は、そもそも死の不安に対する処方箋として誕生したと言ってもいいかもしれません。だから、ある意味では不安と言うのは正常な危機管理センサーの発令と言えるでしょう。

しかし、「不安」と「不安感」というのは、微妙な違いがある、ということは認識しておくべき重要なポイントだと僕は思います。

たとえば、単純に「不安」だというときを振り返ってみると、ある程度は「理性」が働いている状態ではないでしょうか。

だから、不安に感じる必要がないということは、丁寧な「なぜ」の説明を受けると頭で納得し、安心することができます。

ところが、「不安感」というのは、動悸や発汗を伴った、頭ではなく身体、要するに生理的な反応です。

そのため、「説明」という言葉の羅列を理解しようとすること自体がストレスとなって「不安感」に拍車がかかります(男女のすれ違いも、多くがこの点に起因します)。

 

不安感とは何か

昨今、不可解な事件のニュースを目にします。しかし、ニュースは多いが、実態としては殺人事件は減っていると言います。

今と50年前を比較すると、事件数は相当減少傾向にあり、だから治安はよくなっているのだと、知識人は、事件数のデータを引用し、「マスコミが陰惨なニュースばかりを報道するから、視聴者が不安になる」と説明します。

でも、このとき、「不安感」という生理的な反応については無視されています。

だから、数値を見せられたからと言って決して根っこの部分で「安心」することはないし、場合によっては余計に不安感が深まっていきます。

要するに、現在社会のあいだで蔓延し、膨れ上がっているのは、「不安」ではなく、「不安感」のほうなのです。

昔は、1のインプットで1の不安を感じていた。ところが、今は1のインプットで10や100の不安を感じるようになった。

すると、たとえ事件の数としては5分の1になっていたとしても、不安感は増大することになります。

 

なぜ不安感が膨れ上がっているのか

では、一体なぜ不安感がこれほどこの社会を覆っているのでしょうか。

治安を例にして、二つの大きな原因について書いてみたいと思います。

 

不安感の増幅の一つ目の原因は、「答えがない」ということです。

昭和の殺人事件は、動機が「金目当て」や「ヤクザのトラブル」など、ある意味では「理解のできる」ものが多かった。

すると、明確な答えがあるため、問題となるような現場に近づかないようにする、という対処法がとれます。不安という隙間に、対処法を埋めることができるので、安心することができるのです。

ところが、現代社会は、通りすがりの誰かが、意味も分からずにナイフを向けてくる時代です。「狂気」とか「猟奇的」で片付けたくなるような、理性では「理解ができない」事件が増えました。

そのため、歩行者のわずかな挙動に、ときに無意識に反応するようになります。いつ巻き込まれるか分からないので、絶え間なく「不安感」が芽生える。

理由がわからない、答えがない、分からない、ということによって生じる「不安感」が、日々心を縛りつけ、次第に息苦しさや閉塞感に繋がっていくのです。

 

もう一つの原因が、身体的な反応です。

身体が、膨大なストレスによって過度にこわばった状態では、神経過敏になって、ちょっとしたインプットでも激しく揺れ動きます。それは、極度の緊張状態で急に驚かされると、怒り狂ったり、安堵の涙を流したり、様々な形で突発的な反応が生じるように。

現代は、「情報化社会」と言われるようになって久しい。

情報とは、すなわちストレスのことです。

パソコンの光、騒音、ケータイ、排ガス、食品添加物、SNSの人間関係、そういったものは全て身体にとっては、同じように処理しなければいけない情報になります。

そのため、幼い頃からずっと、日常的に大量の情報を浴び、過緊張状態が続きます。過緊張は、自律神経やホルモンバランスなど、精神と直結する体の機能の不安定さや過敏さを招きます。

過敏な、不安定な、縮こまった僕たちの心は、わずかな風で揺れ動き、動悸や発汗、そして「不安感」が襲ってくる。

これが現代社会の「不安感」の蔓延の原因となります。

もし、目には見えない、日本の総不安量というものを数値化できるなら、現代は、過去と比べて信じられないくらい激増しているでしょう。

 

不安感の蔓延と、引きこもり

この「不安感」の増大によって、人は一体どのような行動をとるようになるのでしょうか。

引きこもり ─── 「閉じこもる」のです。

自分の世界に閉じこもる。部屋に引きこもったり、オタクや地元志向と言った「静の閉鎖性」だけでなく、ナショナリズムや虐待など、身近な、分かりやすい「敵」をつかまえて攻撃しようとする「動の閉鎖性」も、この「不安感」が根っこにあります。

そして、「不安感」は、乱反射するビリヤードのように他者に連鎖していきます。

この社会に漂う閉塞感や個人に棲みつく不安感を緩和しようと思ったら、まずは、こういった「不安」と「不安感」の違いを認識する必要があるでしょう。

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2015-03-09 | Posted in こころ