頑張らない勉強法 ひきこもり、不登校、通信制高校からの大学受験および合格体験談 Ⅱ | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

体験記

頑張らない勉強法 ひきこもり、不登校、通信制高校からの大学受験および合格体験談 Ⅱ

Glass Story

具体的な勉強法

それでは、勉強法の具体的な中身について書いていきたいと思います。

ただ「具体的」と言っても特別なことをしたわけではありません。

まずは本屋(同級生に見つからないようこっそりと)に行き、大学受験の本が並んだ棚を眺めることから始めました(当時は自分が受験コーナーの前に立っていることが不思議でちょっぴりこそばゆいようでした)。

そして、書店の棚で幾つか立ち読みをしながら、「これは面白そうだな」と思った参考書や問題集を買いました。

受験のきっかけになった幼なじみが使い古した参考書の類を箱いっぱいに部屋に置いていったのですが、僕はほとんど使いませんでした。

この受験勉強は「合格」が目的というよりも、「自分で歩きだしてみる」ということが大事だったので、自分で選んで新品で買い揃えたいと思ったのでした。

 

次に、買ってきた参考書を、繰り返し読み、問題集を繰り返し解いていきます。

そのときも、細かく「勉強時間」を区切るようにしました。

どう区切るかと言うと、一ヶ月の最初の二週間は「参考書を読む期間」と決めました。

たとえば、9月の最初の二週間は、政治経済の参考書を一冊自分で選び、前回の記事で触れたように午前中が主な勉強時間なので、午前中の3、4時間くらい休憩をはさみながら、その参考書をただただ読み通していくのです。

この読みはリラックスして行なってかまいません。

 

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参考までに、政治経済はこのシリーズを使いました。

 

参考書は、少なくとも三周りは読むようにします。

一週目は、とにかく新しい世界の知識なのでさっぱり分からないことばかりですが、それでも気にせず読み進めていきます。

二週目は、なんとなくですが一週目よりも理解が進んでいるような気がしました。また、分からない部分は付箋を貼っておきました(付箋だらけになります)。

三周目は、付箋の貼ったページを中心に読み込んでいきました。

これで9月の最初の二週間の任務は完了です。

ついでに言うと、僕の頃はこれほどSNSが流行っていなかったのが幸いでした。

ゲームはテレビと向き合って一人でできるものは息抜きにやっていたのですが、SNSやネット通信は、せっかくなので遮断したほうがいいと思います。孤独に取り組むことに慣れることも強みになります。

 

さて、月の後半の二週間ですが、今度は問題集の方を三周ほど繰り返すようにします。

一週目は、ほとんど「ペケ」がつきますが、二週目には間違えも徐々に減っていきました。最後は、それでも間違った部分のみと重点的に向き合うことにしました。

基本的な流れは、英語も国語も一緒です。

大事なことは、やるべきことを絞ることと、頑張らないこと。そして、楽しめるような仕組みを自分でつくっていくことです(ぜひ「××勉強法」を自分でも考案してみて下さい)。

 

 

シュートに集中する

志望校や学部については、ぼんやりと幾つか候補はありましたが、あまり執着はしないようにしていました。

僕は、小学校、中学校とバスケ部に所属していたのですが、シュートというのは「決めよう」と思うと入りません。「決めよう」という余計な力みによってフォームは乱れ、シュートは失敗に終わります。

むしろ、柔らかく膝を曲げ、ゴールの方向を見て、利き手で打ち切る。

その「シュート」という一連の動作そのものに集中するのです。

指先からボールが離れたら、あとはもうコントロールできません。

しかし、この「コントロールできる部分」さえしっかりできるようなら、ボールは自然にネットに吸い込まれていきます。

だから、余計なことは考えない。

勉強も、柔らかく膝を曲げ、ゴールの方向を見て、利き手で打ち切ることに集中しよう、と思ったのでした。

 

 

試験までの過ごし方

さて、三教科とも終えた11月の段階で偏差値は50代に到達しました。教科によっては60を越えているものもありました。

あとは、11月、12月に、足りないと思った部分を補い、冬の寒い日々が続く12月の後半からは、センター試験の過去問題を一日に一回ずつ取り組みます。

過去問をひたすら解いては答え合わせをする、ということを続けました。

僕は、うつや過敏性腸症候群、不安神経症などもあって中学時代から不登校になっていました。人前や閉鎖的な空間では、緊張や不安で発作症状が心配です。

試験当日も、緊張も相まってきっと体調が酷いことになるだろうと容易に予想がつきました。

だから、たとえ調子が酷かったとしても、それなりに点数がとれるように(万が一、一日だけ、二科目しか受けられなかったとしても、あるいは途中で退室したとしても、どこかに引っかかるように)、ただただ反復を繰り返しました。

また、試験の前々日くらいで勉強に手をつけるのはほとんどやめました。少食を心がけて胃腸を休め、リラックスして過ごし、心身に休息を与えました。

試験の当日は、例年のごとく雪が降って寒く、体調も決していいとは言えなかったのですが、センター試験では、無事、志望校に合格することができました。

今は、もしかしたら大学受験の制度も変わっているかもしれませんが、基本的な「勉強法」は応用が可能だと思います。

よかったら参考にしてみて下さい。

 

 

支えになったもの

この大学受験に当たっては、家族の支えが僕にとっては欠かせないものでした。

支えと言っても、塾の送り迎えや夜食を熱心に作ってくれたといった話ではありません。

この数ヶ月のあいだ、「何もしないでいてくれた」ということが、本当に支えになったのです。

あの頃の僕は、ただでさえ病院に通っているほどだったことに加えて受験も重なって、極めて神経質でナーバスになっていました。

ちょっとでも気張ったり未来を想像すると、たちまち崩れていきそうだったので、頑張らないようにしよう、進学後のことや一人暮らしのことは考えないようにしよう、自分のやるべきこと(シュート)に集中しよう、と言い聞かせていました。

そうした僕を気遣って、家族は、「勉強どう?」など、現実に引き戻すような言葉や態度は一切表に出さないでくれました。

心配だったでしょうが、半年間ずっと、です。

 

あの夏、幼なじみが説得してくれたこと、そして、家族の理解があったことが、僕の大学受験という選択と、合格という結果にとって不可欠な要素であったことは間違いありません。

その後、東京都内の大学を無事四年で卒業できました。

様々な世界に触れ、かけがえのない出会いもありました。

今も繋がりの続く親友、初めての恋人や花火デート、彼女のバイトが残業で夜遅く傘を持って迎えに行ったこともありました。笑顔で駆け寄ってくる彼女の表情を今でも覚えています。

東北や九州に一人旅に行ったこともありました。

書ききれないほどの、抱えきれないほどの、沢山の思い出ができました(それはまたいつかどこかで)。

中学や高校よりもずっと自由な、ゆとりのある「大学」の雰囲気のおかげで僕のような人間でも通うことができたのでした。

あのとき踏み出してよかった、ほんとうに行ってよかった、と今では自信を持って言うことができます。それはこの先ずっと変わることはないでしょう。

 

 

終わりに

ひきこもりと一言で言っても、事情も範囲も千差万別なので、ここでは幼なじみのように強くは言えません。

今はじっくり休むときという場合もあるかもしれません。

だから、ふとその気になったときにでも、思い出して参考にしてもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。僕はあなたを応援しています。

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2015-10-07 | Posted in 体験記