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体験記

頑張らない勉強法 ひきこもり、不登校、通信制高校からの大学受験および合格体験談 Ⅰ

 
Glass Story

大学受験の体験談

僕は、10代の半ば頃から数年のあいだ、いわゆる不登校児で、ほとんどひきこもりのように部屋で過ごしていた時期もありました。

その後、大学受験を目指し、合格、そして大学進学をきっかけに、周りの環境や自分の心境など色々なことが変わっていきました。

ここでは、その当時の、不登校やひきこもり生活から大学受験を決断したときの体験談を交えつつ、僕が無事合格まで辿り着くことのできた勉強法「頑張らない勉強法」について紹介したいと思います。

 

 

不登校時代

今触れたように、僕は10代の半ば頃から学校に行けない日々が続くようになりました。

中学二年の夏休み明けから保健室登校が増え、次第に学校を休みがちになっていきました。そして、三年生の夏以降は、ほとんど不登校という日々を過ごすようになりました。

高校も、頑張って入学式には出席したのですが、一年生の数日だけ通ってすぐに行けなくなり、たった一年で自主退学しました。

在学中、たまたま登校できた日がテストの日で、六限目の一科目(あれは確か日本史だったと思います)だけを受け、20点も取れませんでした。

その後、高校の担任の先生の勧めもあって、通っていた高校の系列の通信制高校に再入学しました。

そのため、高校卒業の資格だけは貰えることになりました(通信制でもスクーリングの際に生徒と顔を合わせるのが恐怖で、先生に相談し、時間をずらすなど色々と特別に取り計らっていただきました)。

 

通信制高校に在籍していた頃、大学受験や進学などといった選択肢は全くなく、脳裏をかすめることもありませんでした。

僕はその頃病院に通院し、薬も色々と常用していましたし、極めて近しい数人の幼なじみ以外とは話すことができず、カウンセリングに通ってもカウンセラーの前に座ると喉の奥がこわばって言葉が出てこないような状態でした。

ときどき友人と外で会うこともありましたが、大抵は部屋に鍵をかけてゲームをしたりケータイをいじったりテレビを見ている日々で、「学ぶ」という感覚すら忘れていました。

今さら大学受験と息巻いても、絶対に間に合わないし、到底不可能なことだと、受験という選択を最初から消し去っていました。

また、たとえ万が一合格して大学進学が叶ったとしても、とても社会生活に馴染めるとは思えませんでした。

 

 

大学受験を決めたきっかけ

転機が訪れたのは、通信制三年を迎える春と、そして三年の夏でした。

春先、僕はいつものように教室の隅で一人でスクーリングを受けていました。

スクーリングが終わると、突然担任の先生が、「卒業後、どうする?」と尋ねてきました。それから、「大学進学の選択もあるよ」と言い、高校側で推薦してくれる大学の一覧表を職員室から持ってきて机に広げました。

僕は、目を背けたい未来を具体的な形として突きつけられたようで、息苦しく、激しい動揺と不安に駆られました。

思わずうつむき、曖昧で後ろ向きな返事を返しました。

ただ、そのとき、「大学進学」という、そういう道もあるんだということが僕の意識化に刻み込まれたのでした。

 

それから数ヶ月後の夏、すでに東京の大学に進学し、上京していた幼なじみが、夏休みに地元に帰ってきた際に、彼の大学生活について話してくれました。

そして、彼は一通り学校の話を終えると、突然猛烈な「説得」をしてきました。

「お前は、ほんとにこのまま終わっていいのか。大学の授業は自由だから、途中で息苦しくなったら教室を勝手に抜け出しても大丈夫だし。だからさ、大学受験、頑張ってみろよ」

僕は、彼がそんな風に言ってくるとは想像もしていませんでした。彼はあまり他人に興味がない性格だったからです。

その突拍子もない誘いと彼の熱意は、僕の心を、ほんの少しだけ、「やってみようかな」という気にさせました。

彼が再び東京に戻ったあと、部屋で一人ぼうっとしながら、僕はふと、こんな風に思ったのでした。

いったん、進学やその後の生活のことは考えないようにしよう。

大学受験も、重苦しく考えることはやめよう。「参加することに意義がある」と思って、勉強だけでもしてみようかな、と。

 

 

受験勉強の始まり

さっそく「大学受験」の意思を担任の先生に伝えました。

すると、「じゃあ、とりあえず模試を受けてみようか」と先生は言い、夏の終わりに通信制高校の校舎で模試を受けることになりました。

高校生になって初めての模試。久々の試験に、ちょっとだけ胸が躍りました。

模試の結果は、偏差値39でした。

大学受験に関する情報を全く知らなかったので、ひとまず思いつきで列挙してみた志望校も、軒並みE判定でした。

ただ、一校、地元の私立大学だけがD判定で、僕は、印字された「偏差値39」と「D判定」という英数字に、なんだか居場所を与えられたような安堵と喜びを覚えました。

そのときの感覚は今でも鮮明に記憶しています。

そして、それから約半年のあいだの勉強期間を経て、1月のセンター試験では偏差値65。無事、志望していた大学の一つに合格することができたのでした。

 

以上が、僕が不登校から大学進学を決めるまでのざっくりとした道筋です。

この大学受験の体験を踏まえて、このとき僕が行なったシンプルな勉強法「頑張らない勉強法」を、これから紹介したいと思います。

前置きが長くなりましたが、よろしければ、もうしばらくお付き合い下さい。

 

 

頑張らない勉強法、「教科を絞る」

さて、僕が行なった勉強法ですが、まず第一として、試験の日までの日数が「半年」と限られていたので「教科を絞る」ことから始めました。

計画を立てずやみくもに手探りで始めても、結局どれも中途半端でどっちつかずになりかねません。

そこで僕は最初の大きな見取り図として、一部公立を含めて私立を中心に、三教科で、自分の得意そうな(「得意」ではなく、「得意そうな」で構いません)ものは何かと考えました。

以下は、僕の場合の具体例です(自分のなかの些細な長所を探ってみて下さい)。

 

|国語

ハリーポッターが好きでよく読んでいたので、文章に対する抵抗はありませんでした。決して文学少年ではありませんでしたが、純粋に興味もあったので、きっと国語は大丈夫だろう、と考えました。

 

| 英語

中学時代に一番得意だった教科でした。また、近所のおじさんが、知り合いだけが通う数人の小さな英語塾を開いていたので通わせてもらおう、と思いました。

 

| 政治・経済

学校に行っていなかった日々で、よく祖母と一緒にテレビの(バラエティ色の強い)政治討論番組を観ていたので、政治に関する抵抗は薄いだろう、と想像しました。

 

こうして誰かと比較してどうというのではなく、非力でも微力でもいいから、自分のなかの「武器」を絞っていきました。

 

 

頑張らない勉強法、「勉強時間を絞る」

次に、「勉強時間」についても、二つの決め事を立てました。

まず一つ目は、勉強時間を教科ごとに「一ヶ月ずつ」絞って割り当てることです。たとえば、8月は政経、9月は英語、10月は国語、といったように。

こうすることによって目に見える形で変化が現れるので、「変化ができる」という感覚を得て、着実に自信に繋がっていきます。

もう一つは、一日の勉強時間に関する決め事です。

僕の場合、「勉強するのは主に午前中だけ」と決めました。

こうして時間の整理をすることで、教科を絞る理由と同様、ごちゃごちゃしていて気づいたら時間ばかりが過ぎていた、といったことを避けることができます。

また同時に「頑張らない」ことを大切にしました。「燃え尽き防止」を心がけようという意図もありました。

人生は大学受験以降も淡々と続いていくでしょうし、適度な休息や生活リズムを大切にすることは、筋トレ(筋肉は休息を経て強くなります)と同じように、頭にとっても欠かせないものではないか、と考えたのでした。

 

以上が、僕が不登校、ひきこもりから大学受験という、長く不安な道に出る前につくった大まかな見取り図でした。

 

続いて、実際の勉強法について簡単に書いてみたいと思います。

 

脳から「うつ」が消える食事 (青春新書INTELLIGENCE)

脳から「うつ」が消える食事 / 溝口徹

 

ハリー・ポッターと賢者の石 1-1 (ハリー・ポッター文庫)

ハリー・ポッターと賢者の石 / J・K・ローリング

 

 

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2015-10-07 | Posted in 体験記