副作用のない抗うつ薬の発明された素晴らしい新世界 | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

こころ

副作用のない抗うつ薬の発明された素晴らしい新世界

 
Glass Story

縦棒  副作用のない抗うつ薬

この瞬間も、うつ病で苦しんでいる患者の治療のために、「副作用のない抗うつ薬」の発見に熱心に取り組んでいる企業や研究者がいるでしょう。

ただ、自分自身の体験から言っても、その方向性は根本的に間違っていると僕は思います。

もし、「副作用のない抗うつ薬」が発明されたら、その科学者はノーベル賞を受賞するかもしれません。

どんなに精神が不安定になっても、その都度抗うつ薬を服用すれば自動的に安定状態になる。

当然、その薬を切らせば不安定になるので精神的にも肉体的にも依存状態になっていくでしょう。しかし、副作用はないので永遠に服用を継続することができる。

静寂と平穏、そして見事な平和が訪れる。

 

 

縦棒  ソーマと素晴らしい新世界

SF作家のオルダス・ハクスリーが1932年に書いた、『すばらしい新世界』というディストピア小説には、ソーマという、心に働きかける副作用のない錠剤が出てきます。

物語の世界で、政府はソーマを国民に配給します。このソーマのおかげで、その世界には「不安定」が存在しません。

なぜなら、誰もが、わずかな動揺が生じるたびに即座にソーマを懐から取り出して服用するのです。

そして、その錠剤を飲み込めば、あっという間に不安の霧は去って、恍惚が心を満たしていく。

フォード紀元178年(西暦2086年)
政府は副作用のない、社会を安定させる麻薬の発見に向けて動く。

同184年(西暦2092年)
ソーマの発見

『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー著

僕が、「根本的に間違っている」と思うのは、この病気の「原因」を、患者あるいは病状に押しつける考え方そのものなのです。

 

野菜というのは、土が肝心なのだと言います。

土さえ健康なら、作物は、人間が余計なことをしないでも自ずから育っていく。

ところが、土が不健全だと、育った作物も弱く、虫に襲われるなどの影響で駄目になる。

なぜ土が不健全になるかと言うと、それは収穫量の増加のために、化学肥料を撒いて成長を不自然に促進するからです。

収穫を効率化するために、化学肥料を与える。次第に土は弱り、作物は弱っていく。結果、病虫害に遭うので今度は農薬が必要になってくる。

そして、化学肥料と農薬の共犯と依存が深まっていく。

無農薬(栽培)という言葉はよく使われるが、農薬だけが一番悪いと思われている。しかし、本当は化学肥料や未熟堆肥類を沢山使って作るので農薬がいるのです。

土がだんだん良くなってくると、農薬を使わなくてもきれいな農産物ができるようになるのです。

出典 : 8chiro.com 「稲本さんの完全無農薬タニシ米」

うつ病の問題も、「土」が大事だと僕は思います。

土さえ健全なら、「病」は育まれにくいのではないでしょうか。

その土を汚して、疎かにして、その行為自体には目を背けながら、患者の側にのみ原因を探して、患者の「心の病」にして、「ソーマ」の発明や普及を推進するのは倒錯した世界ではないでしょうか。

 

 

物語の後半で、ミスター野蛮人(サヴェッジ)と呼ばれるインディアンのジョンが、この「すばらしい新世界」に紛れ込みます。

そして、その世界に耐え難い違和感を覚えた彼は、あるとき、ソーマの配給される光景に向かって叫ぶのでした。

「頼むから聴いてくれ」ジョンは真剣に訴えた。「耳を貸してくれ……」

大勢に向かって話したことは一度もない。自分の言いたいことを表現するのはとても難しかった。

「その恐ろしいものを呑んじゃいけない。それは毒だ。毒なんだ」

「あのう、ミスター野蛮人(サヴェッジ)」と会計課福課長補佐は機嫌をとるような笑みを浮かべた「すまないが、薬を配らせて……」

「身体だけじゃなく魂にも毒なんだ」

「まあ、そうかもしれないけど、配らせてもらえないかな。頼むよ」獰猛な動物を優しく注意深く撫でようとする人のように、ジョンの腕を軽く叩いた。

『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー著

彼は、「自由! 自由!」「人間らしく!」と叫びながら、窓から薬を投げ捨てていきます。

ソーマ欲しさに激しく波のように襲いかかってくる群衆たちを、反対側の手で押さえつけながら。

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2015-10-30 | Posted in こころ