自分の死を連想する − 交通事故の体験とトラウマの意味 | コップのお話
 

こころ

自分の死を連想する 子供の頃の交通事故の体験とトラウマの不思議

Glass Story

子供の頃、交通事故に遭ったことがある。

それは小学校の夏休み明けの新学期初日の放課後、自転車で学区外のおもちゃ屋に行った帰りのことだった。

公立高校の裏手の、人通りの少ない道を自転車で勢いよく飛ばし、その風に気持ちよくなった僕はT字路を思わず飛び出した。

その瞬間、横から走り込んできた幼稚園バスに吹き飛ばされた。

 

よく交通事故はスローモーションになると言う。これは本当だと僕は思う。確かに衝突の瞬間ゆっくりと時間が流れていくのを感じた。

忍び寄ってくるバスの車体や「あっ!!」と思った感覚、反射的に受け身を取ろうと働かせた意思の記憶が、今も脳裏にこびり付いたように残っている。

おそらく、相当の距離を飛ばされたのだろう、のちに警察の方も、「状況や距離を聞いたときはもっと大惨事になってるかと思ったよ」と言った。

僕は、ごろごろと道ばたを転がった。

転がりながら、咄嗟に「とんでもないことをしてしまった」という焦りが沸き起こり、慌てて立ち上がろうとした。

視界はかすみ、近寄ってくる大人たちの歪んだシルエットだけが見えた。

現実の痛みよりもパニックの衝動が先行し、「大丈夫です、大丈夫です」と言いながら、ぐにゃぐにゃの自転車に向かって歩き出そうとした。

その瞬間、ぐるりと視界が横転し、諦めるように地面に敷かれたシートに倒れ込んだ。

 

意識が飛んでいたのか、迅速な対応のおかげか、すぐに頭の向こうからサイレンの音が聴こえた。

救急車に運び込まれた僕の隣には、幼稚園の先生と思われる女性が立っていた。

僕は、大丈夫、大丈夫、と自身に言い聞かせながらも、いつだったか聞いた、目立った外傷がなかったのにも関わらず事故後に突然内臓破裂で亡くなった花嫁の話を思い出し、ふいに心細くなって目に涙が滲んだ。

 

市内の総合病院では、CTスキャンなど幾つかの検査を受け、ベッドで横になっていた。その頃には、ほんの少し落ち着きを取り戻していた。

しばらくして横開きの扉ががらがらと開くと、そこに両親と担任の先生が立っていた。

僕の顔を見るなり母親が顔を歪めながら駆け寄ってきて、「よかった、生きた心地がしなかった」と涙を流した。

その様子に、僕も、ふっと力が抜けてぼろぼろと涙が溢れた。

 

事故の怪我自体は、大した外傷もなかった。診断は全身打撲。翌日には、ギプスをつけたり松葉杖をついて教室のスターになるということもなく、ずきずきとした痛みを抱えながらも普通に登校した。

その痛みも、一週間程度で落ち着いていった。

ただ、心的外傷、トラウマは、今でもずっと尾を引いている。

たとえば、道路を渡るときは常にちょっと心臓が高鳴る。

もちろん、あのときは飛び出した僕が悪かったのだけど、それでも、“絶対に来ないと思っていたときに来る” という体験が、心に深く刻み込まれたのだと思う。

信号が青でも横断するときは決して油断できないし、工事中のビルの下を通るときも、鉄パイプが落ちてくるかもしれない、という不安がよぎる。

そして、不思議なことに、その道を乗り切るために、脳内で「いったん死ぬ」という経緯を辿る必要がある。

フラッシュバック、と言ってもいいかもしれない。自分の死を連想するのである。

車が横から突っ込んできて吹き飛ぶ。鉄パイプが脳天を直撃する。即死。そんな風にして、イメージ上の「死」を経過することで、ほっと一安心してその道を通過できる。

 

かつて精神分析学者のフロイトが書いたように、僕たちの心は、〈絶望するかもしれない不安に耐えるよりも、いっそ絶望に着地する方が安心できる〉という作用を持っている。

裏切られるかもしれない、石橋が壊れるかもしれないという不安に耐えられずに、何度も何度も叩いて、叩き壊して、「やっぱりね」と安堵する。

その過程を、この横断の際の「死」のイメージは物語っているのだと僕は思う。

突然衝突してくる「死」が恐ろしく、不安が襲う。だから、逆説的に、僕の心は「死」の体験を先取りで掌握しようとする。

もし、トラウマに意味があるとすれば、それは、もしかしたら心に備わった自然治癒やホメオパシーのようなものなのかもしれない、と思ったりもする。

ホメオパシーの理論は、ドイツの医師ハーネマンが確立した。「健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質を、その症状を持つ患者に極く僅か与えることにより、体の抵抗力を引き出し症状を軽減する」という理論、およびそれに基づく治療行為であるとされている。

出典 : wikipedia「ホメオパシー」

僕は、日々希釈した「死」を摂取することで外傷の治癒をうながしているのだろうか。

トラウマの不思議、心の不思議である。

 

幻想の未来/文化への不満 (光文社古典新訳文庫)

幻想の未来/文化への不満 / ジークムント・フロイト、中山元訳

 

現代思想2011年9月臨時増刊号 総特集=緊急復刊 imago 東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ

現代思想2011年9月臨時増刊号 総特集=緊急復刊 imago 東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ / 中井 久夫、神田橋 條治

0
2015-11-14 | Posted in こころ