だいたいわかる | コップのお話
 

詩、雑文

だいたいわかる

Glass Story

声とか目で、元気かどうかってだいたいわかる。

どれだけ「元気です」「いつも通りです」と言っても、その声や目が、辛いよ、苦しいよ、泣きたいよ、と言っているのが、イルカの超音波みたいな感じで出ている。

メールやブログの文章でわかるときもある。

句読点は呼吸だし、漢字はこわばりだから。心のなかの何かが乱れ始めると、保とうとして文章が変に硬くなったり耐えられなくて崩れたりする。

きっとピアニスト同士とか、演奏を聴いて、「元気ないのかな」とわかったりするんじゃないかと思う。

そういうとき、元気です、と言っているのに、その声や目が違うメッセージを発しているのを見ると、なんでだろう、何かあったんだろうか、と不安になる。

でも、その何かに手を差し伸べる余裕がないから、目をそらす。不安と悲しみをのみこんで、「そっか、よかった」と笑う。

 

こういう感受性は、ほんとは皆持ってる。

でも、文明社会で「大人」になるというのは、こういう情報の侵入を閉ざすことでもある。

満員電車でいちいち目や声からそんな人間的な情報を受け取ったら、溢れだして死んじゃう。だから、背景としてしか見ないように、無意識のうちに心が鎖国する。

総じて平和、と納得しようとする。

でも、子供はそういう風にはなっていなくて、扉が開かれている。

だから両親の不和はすぐわかる。会話にある刺々しさにすぐ気づく。

投げかけられる「愛してる」の、意味はそう言っていても、目や声が違うメッセージを発しているのがわかる(それは「愛していない」というのではなく、たぶん、心が疲れているのだ)。

赤ん坊だってわかる。目や声だけじゃなくて、抱きしめられているときの、その包まれ方でわかる。

 

だいたいわかる。

総じて平和、とテレビは必死に広告する。「安全ですよ」と政治家が言うみたいに。

でも、そんなの嘘だって、だいたいわかる。

すれ違う人々を見ればわかる。

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2016-04-09 | Posted in 詩、雑文