僕が通り道について思うことと村上春樹の「文化的雪かき」の話 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

文学と芸術

僕が通り道について思うことと村上春樹の「文化的雪かき」の話

 
Glass Story

縦棒 〈通り道〉の思想

たとえば少食や断食、ヨガや瞑想、部屋の整理や朝の空気の入れ替えなどの根底には、〈通り道〉の思想があると僕は思います。

人為・人工に溢れた不自然さから、なるべく自然の状態に近づけ、〈通り道〉に停滞するものを取り除き、経路の流れをスムーズにする。

この〈通り道〉というのが、とても大事なポイントなのです。

 

僕たちは、どうしても〈起点〉であったり〈終点〉であったりといった物語の主人公を求める傾向があります。

しかし、実際は、あらゆることで〈通り道〉に過ぎません。

この世界に漂っている空気を吸いこみ、体内を経過して様々な形で吐きだされる。農作物や魚、水も、自然界の恩恵を口からいただき、体内をめぐって排泄される。

言葉や様々な表現物も、同様のことが言えるでしょう。

先人の積み上げてきた言葉の意味や深み、リズム、故郷の風景、風の匂い。寂しさに寄り添ってくれた物語。好きな音楽。鳥のさえずり。両親や友人、恋人の口癖。傷ついた、傷つけた、締めつけられるような忘れられない痛みの数々。


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こうして書いている文章も、世界や過去がすでに眼前にあって、僕を〈通り道〉に、世界(たとえ片隅であっても、たった一人のためでもあっても)に向かって白い吐息のように吐きだされる。

また絵画や詩、美術館やカフェ、一人の人間も、生命も、歴史も、僕たちを〈通り道〉にし、同時に僕たちは、その〈通り道〉を吹き抜けていく。

そんな風に考えながら、一本道を歩き、空を見上げると、まるで誰かに吸い込まれた空気みたいに、自分の人生もまた大きな〈通り道〉を歩んでいるように思われてはこないでしょうか。

 

 

縦棒  体で考える〈通り道〉

もう少し分かりやすく身近なことで説明してみたいと思います。

ストレスがかかれば、交感神経が優位に働き、筋肉は硬直します。

昼夜問わずシャワーのようにストレスを浴びる情報化社会では、体は常に強張っています。

神経が細いという言葉もありますが、「神経が細い」というよりも「〈通り道〉が狭まる」のです。

だから、たとえば指圧というのも、その〈通り道〉を狭めているこわばりをほぐすことで優しく停滞を解消しようとする手法と言えるかもしれません。

 

哲学者のルネ・デカルトが「我思うゆえに我あり」というテーゼを打ちだした近代以降、西洋を中心に、「私」が主人公である時代が続いています。

でも、「私」が主人公の時代というのは、いずれ「私」もろとも崩壊に向かっていくことでしょう。

大切なことは、主人公は「私」ではなく「世界」のほうで、我々は〈通り道〉に過ぎない、という世界観だと僕は思います。

僕は、主人公となって革命をしません。

日々の営みの過程で、出会いで、表現で、「良き通り道を通り、良き通り道となり、良きものの通り道となる」ように心がける。

これが、僕の考える〈通り道〉の思想です。

 

 

縦棒  村上春樹と文化的雪かき

作家の村上春樹さんは、小説『ダンス・ダンス・ダンス』の世界で、「文化的雪かき」という言葉を使っています。

フリーライターの「僕」は、女性誌に載せるレストランの紹介など、他のライターが手抜きをするような穴埋めのための執筆も、決して手を抜きません。

しっかりと調べて、丁寧に書く。

そのことを、「僕」は、「文化的雪かき」だと自嘲気味に表現します。

少々長い引用になりますが、最後に、この「文化的雪かき」について思想家の内田樹さんが書いている文章を紹介したいと思います。

彼は自分がしている仕事にたいした意味がないことをよくわかっています。でも、絶対に手を抜かない。他のライターが手を抜くところでも、きっちり調べて、ていねいに書く。

そういう仕事のことを「文化的な雪かき」みたいなものだと彼は多少自嘲的に言います。

誰もその成果を認めてくれない。でも、朝起きた人がきちんと雪をかいておけば、後からそこを通る人が滑って転んで、足をくじいたり、骨折したりしないで済む。人々が雪かきの成果を享受しているとき、雪かきをした人はもう家に入っていて、姿を見せない。

それは成果を評価されたり、賞賛されたりする仕事じゃないんです。でも、誰かがやらなくちゃいけない。早起きで、長靴とスコップが家に常備されていた人が「この場合、雪かきは自分の仕事だな」と思ってするものです。

そんなふうに、ひとりひとりが自分の得意な仕事、自分に割り当てられた仕事については、やるべきことをきちんとしておく。

そうしておかないと、どこかでシステムが破綻する。カタストロフが訪れる。どんな仕事でも、自分に与えられた条件のもとで、たとえ微力でもベストを尽くす。

僕は「文化的雪かき」という言葉をそんなふうに読みました。

出典 : GQ 新社会人に贈る、働くとは?

仕事先に積もった雪、部屋に積もった雪、体に積もった雪、しんしんと心に降り積もっていく雪。

どうやら、この世界は今夜も大雪のもようです。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること / 村上春樹

 

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 / 村上春樹

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2016-06-09 | Posted in 文学と芸術