夏目漱石の名文 - 小説『草枕』の冒頭、「智に働けば角が立つ……」の続き | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

文学と芸術

夏目漱石の名文 - 小説『草枕』の冒頭、「智に働けば角が立つ……」の続き

 
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縦棒  智に働けば角が立つ

明治の文豪、夏目漱石。

彼の言葉のなかで、名文として名高く、引用される頻度も多い、小説『草枕』の冒頭の「智に働けば角が立つ」から始まる有名な一節があります。

山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。 情にさおさせば流される。 意地を通せば窮屈だ。 兎角とかく人の世は住みにくい。

『草枕』夏目漱石著

頭、すなわち理性や知恵ばかりを表面に出しても、人間関係がギスギスと上手くはいかず、だからと言って、情に棹さす(棹を水底にさして舟をさらに進める)と、感情に振りまわされる。

意地を通そうと思えば、色々と窮屈に生きざるをえません。

どんな風に生きようと思っても、結局は住みにくいものになる、と漱石は言う。

これだけでも、人の世の真理をとらえた、ため息とともに思わず頷きたくなる名文です。

しかし、この有名な名句には、続きがあるのです。

 

 

縦棒  住みにくい世だから ─── 


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山路を登りながら、まったく人の世は住みにくい、と考えた、洋画家でもある『草枕』の主人公は、同時に、次のように思いを巡らせます。

住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。

『草枕』夏目漱石著

住みにくい世の中から抜け出そうと、「ここではないどこか」、住みやすい、違う世界を求めようとする。次々に「引っ越し」を繰り返す。

そのたびに、「生きづらさ」を痛感する。

そして、ああ、どこへ行っても一緒なのだ、と悟ったとき、「詩が生れて、画が出来る」。

 

人の世というのは、神がつくったわけでも、鬼がつくったわけでもありません。つくったのは、「向う三軒両隣」に位置する、ただの人です。

ただの人がつくった人の世を住みにくいと言っても、他に越す場所はありません。

もし、引っ越すことができるとすれば、それは「人でなし」がつくった世だけ。「人でなし」の世界は、人の世よりも、さぞ住みにくいことでしょう。

そこで、この住みにくい世を、わずかでも「住みよいもの」にする必要がある。

人の世をのどかなものにし、心を豊かにし、ほんの一瞬のことであっても世界が深呼吸をできるように、詩人は詩を書き、画家は絵を描く。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容くつろげて、つかの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。

あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。

『草枕』夏目漱石著

 

 

縦棒  詩人とは

このとき、詩人や画家というのは、決してだれか遠くの人である必要はありません。

詩とは、「住みにくき世から、住みにくきわずらいを引き抜いて、有難い世界をまのあたりに写す」もので、「こまかに云えば写さないでもよい」と漱石は言います。

すなわち、詩人というのは、だれもが身につけることのできる、一つの感覚なのです。

その感覚を、言葉や絵にする、彫刻や音楽にする、あるいは、日々の何気無い振る舞いに翻訳することもできる。

世の中が、そのような「詩人」で溢れるようなら、この生きづらい人の世も、もう少しだけ、生きやすい、息しやすいものになるかもしれません。

 

草枕 (1950年) (新潮文庫)

草枕 / 夏目漱石

 

ポケット詩集〈2〉

ポケット詩集〈2〉 / 田中和雄

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2016-09-27 | Posted in 文学と芸術