ネット社会に考える、モンゴル遊牧民のプライベート、パブリックの空間概念 | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

文学と芸術

ネット社会に考える、モンゴル遊牧民のプライベート、パブリックの空間概念

 
Glass Story

縦棒  モンゴルの空間概念

どこで読んだのか忘れてしまったので記憶も曖昧ですが、とても印象的だった話があるので紹介したいと思います。

それはモンゴルの遊牧民にとっての「プライベート(私的)」と「パブリック(公的)」の空間概念のことでした。

 

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画像 : 移動できる家、ゲル(モンゴル)

 

一般的に「プライベート」空間というのは家の内側で、「パブリック」空間は部屋の外側のことを言います。

しかし、大平原を移動し、その都度仮設の住居(ゲル)を建てる遊牧民にとっては、この概念がまったく逆なのだそうです。

つまり、人々が集まって会話をするゲルの内側が「パブリック」で、外側の大平原のほうが「プライベート」なのです。

 

 

縦棒  アフリカの民族

また、これと似通った話として、昔あるアフリカの民族の映像を見たことがあります。そこでは祭りごとのような儀式の夜の光景が映し出されていました。

その祭りでは、若い男女が化粧し、体を彩って、真ん中で薪木を燃やし、男女が周りを激しく踊りながら互いにアピールをしていました。

そして、無事カップルが成立すると、二人は夜の野生の世界に消えていくのです。ここでもまた、真っ暗な外の世界が「プライベート」空間になっているのでした。

 

 

縦棒  ネット社会のプライベートとパブリック

インターネット社会によって、僕たちにとっての「プライベート」と「パブリック」の考え方も、このモンゴルの遊牧民やアフリカの民族と似通ってきているのではないか、と僕は思うのです。

パソコンだけでなく、世界と常時接続状態にあるスマホを部屋に持ち込み、SNS等で常にパブリックな空間に自分を置く。常に「見られている」ような感覚になる。

こうして「SNS疲れ」といったものに繋がっていきます。

この「パブリック」空間から離れるために、最近ではスマホ断食を売りにする宿泊サービスも増えていると言います。

人工空間の外側に「プライベート」を求める、という点で、上記の二例と重なる部分も多いのではないでしょうか。

 

最後に、詩人の茨木のり子さんの詩をひとつ紹介して、この記事を終えたいと思います。

僕たちが、“自分の感受性くらい”、自分で守るためには、「プライベート」空間の確保というのは、なによりも大事なことなのかもしれません。

 活字を離れて

時刻表もみない
新聞も読まない
まして本なんか!
活字に無縁でいると
頭の霧はれて
ひどく健やかになれることを
いくつかの旅が教えてくれた

眼鏡も持たず
カメラも持たず
みるともなしに視るものは
ひとしれず ひっそり澄みわたるもの

ひたすらに咲いて ただに散る花
古びた家をいっとき明るませている雛たち
黙っていながら
深沈として 奥深く 在るものら

『茨木のり子詩集』茨木のり子著

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2016-12-01 | Posted in 文学と芸術