かなしみと過食症 | コップのお話
 

こころ

かなしみと過食症

 
Glass Story

 

かなしみの袋

胃袋という言葉に象徴されるように、僕たちのからだは一つの袋に喩えることができる。

この袋に、日々、ジャンクフードも健康食品もマイルドセブンも一冊の詩集も目を覆いたくなるような事件の記事も放り込まれる。

僕たちが空腹を恐れるのは、この袋に空白があると、秘めていたかなしみが次々と滲み出てくるからだ。

古傷からあふれる赤い涙。

この浸水するように溜まってゆくかなしみに耐えられず、「過食」を繰り返す。過食をしては吐きだす。

音を立ててトイレに吐きだされる吐瀉物は、「涙のよう」というよりも、涙そのものなのである。

そして、吐き終えてすっきりとすると、またすぐにかなしみが滲んでくる。さびしくて、かなしくて、その空腹を埋めようとして分からず屋の右手が、再び「冷蔵庫」に手をかける。

 はらへたまつてゆく かなしみ

かなしみは しづかに たまつてくる
しみじみと そして なみなみと
たまりたまつてくる わたしの かなしみは
ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく

こうして わたしは 痴人のごとく
さいげんもなく かなしみを たべてゐる
いづくへとても ゆくところもないゆえ
のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく

『詩集 秋の瞳』八木重吉著

詩人は、かなしみの過食症である。

そして、現代人は、そのかなしみと向き合うことのできない魂のワーカホリックで溢れている。

空腹に耐え、おとずれる静寂の世界と、そうして滲み出したかなしみを吐きだせるように優しく背中をさする手が、今は必要なのである。

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2016-12-11 | Posted in こころ