今後、日本人の平均寿命は低下する、という予測 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

社会とビジネス

今後、日本人の平均寿命は低下する、という予測

 
Glass Story

縦棒  寿命の成長神話

テレビでは、日本人の平均寿命の高さを数字のみで称賛し、また政治家や経営者も「今後は人生100年になる」という楽観的な展望を当然のように掲げています。

その様子を眺めていると、正直ちょっと恐怖さえ抱きます。

なぜ、これから平均寿命は伸びると、「人生100年」というのが、自明のこととして受け入れられているのでしょうか。

かつて、日本の社会保障制度は、「永遠に経済成長は続く」という〈成長神話〉を前提に設計されました。

しかし、実際はいつまでも経済成長が続くことはありませんし、人口も減少します。

前提は崩れ、社会保障制度(年金や国民皆保険など)は破綻の危機を迎え、その〈成長神話〉を現実化するために、今明らかに無理な背伸びを強いられている、という現状があります。

ちょうどこの〈成長神話〉と、〈人生100年〉という誰も疑問視しない仮説とが被って見えるのです。

これまで寿命が「成長」してきたのだから、このペースで今後も「成長」を続けるだろう、という楽観的な予測。


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生命を計算式に当てはめれば、こうしたシンプルな予測結果になるのかもしれません。

しかし、近代以降の「神話(欲望を肯定するために頭で構築した物語)」が、概ね幻想として崩れ去っていったように、この日本人の平均寿命の楽観的な予測である「成長神話」も、きっと悲しい神話に終わることでしょう。

 

 

縦棒  平均寿命の低下

世界的に見て長寿だと賞賛される日本の平均寿命は、恐らく今が上限になるでしょう。

そして、このままだと、今後は急速に低下していくと僕は予測しています。

今の寿命は、戦前の、慎ましやかな生活スタイルや自然にのっとった安心な食事と、近代医学の延命術の合わせ技によって成し遂げたものです。

一方、戦後世代の、破壊的な食生活の乱れや環境汚染によって生じた、癌を始めとする様々な生活習慣病や自律神経失調症の増加(増加だけでなく、低年齢化も進んでいます)。

小児癌や、若年性と名のつく病。

あるいは、アレルギーを中心に、生まれつき病気を抱えている子供も増加しています。

また、不妊症や精子の減少も考慮すれば、単純な平均寿命だけでなく、「生まれなかった命」というのも増えていくことが想像されます。

その都度、薬で抑え込むだけでは「完治」はしません。こうして「強引に引き伸ばしてきた」近代医学のツケ(離脱症状や副作用)も、今後の世代が背負っていくことになる。

こうしたことは、数字を追いかけるだけでは見えてきません。

自分の健康にそれほど皆さん自信があるでしょうか。100歳まで体が持つと思うでしょうか。周囲の人々はいかがでしょうか。

現在、90歳、100歳といった長寿を体現している高齢者の方々は、戦前に若き日を過ごした人々であり、その多くは伝統的な和食生活を続けてこられた方々であって、劣悪極まりない生活を続ける現代の我々が、同様の、或はそれ以上の長寿を望むのは、ほぼ不可能と考えられるからです。

また、この御長寿老人の方々は、戦争をはじめとする過酷な環境下を生き抜いてきた、つまり凄まじい淘汰に耐え抜いた強靭な人々であるわけで、現在の半端な医療の恩恵で淘汰を免れ、半病人のまま成長したような私達とは土台の生命力からして違うと見るべきでしょう。

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西丸震哉氏提唱の「41歳寿命説」はかなり極端だと思いますが、私は60歳程度には低下するのではないかと予測しています。

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私は60歳説をここで提起してみましたが、60歳になった途端健康な人が突然ポックリ死亡するというのではありません。

総体としての健康の著しい悪化が、短命の基礎になるとすれば、死に至るまでに、様々な疾病や障害に悩まされるに違いないからです。

また、妊婦さんの食生活は胎児と直結していることから、先天性の障害を持って生まれてくる子供も増加することが考えられ、医療費だけでなく、社会保障の点でも、国家財政は著しく圧迫されると考えておかなくてはならないでしょう。

出典 : 年金問題は杞憂に終わる 2007.4.23 | 医学統合研究会

数字やデータだけを追いかけていたら見えません。

冒頭で触れ、また引用した文章にもあるように、今長寿の方々と、働き盛りの世代や若者とでは、同じ「日本」でも幼い頃に食べてきた食事や吸ってきた空気は全く違います。

こうした根本の部分を変えずに、「病気になるような環境」をそのままにし、「病気になったらその都度薬や手術で抑える」ということだけを行なっていたら、確実に平均寿命は低下するでしょう。

日本人の平均寿命が低下する、という説や考え方が表立って語られないことのほうが問題だと僕は思います。

かつて「成長神話」を前提に構築された制度が失敗し、今「人生100年」を前提に制度が構築されている。

そのことに対する危惧は持っておいてもいいのではないでしょうか。

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2017-01-03 | Posted in 社会とビジネス