火の通りが悪い、里芋、さつま芋の鍋をつかった調理法 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

ホン、モノ

火の通りが悪い、里芋、さつま芋の鍋をつかった調理法

 
Glass Story

なぜだろう、里芋、さつま芋の火の通りが悪い。鍋に水を満たして沸騰させ、どれだけ長い時間茹でても、串でさしても、一向に火が通らない。

表面は熱が通っていても、芯の部分には熱が染み込んでいかない。

なぜだ、なぜだ、と自問しながら、まな板の上に無邪気に転がっている里芋やさつま芋を眺める。

僕は、キッチンから部屋に戻って、色々とキーワードを駆使して検索してみた。「里芋 火が通りづらい」「とろり 里芋」「ほくほく さつま芋」「芋 火の通り 悪い 調理法」。

そして、その対処法の一つとして、沸騰してからではなく、水から徐々に温めていく、という方法を見つけた。

芋類や根菜類は成分の多くがデンプン質で、外側から先に火が通って、火の通りがそれ以上先に進まない(煮えた部分だけが煮崩れする)、という現象が起こるらしく、その状態を避けるために、茹でる際には水から温めるのが効果的だそうだ。

そこで実際に水からゆっくりと時間をかけて煮込んでみたのだが、確かに多少の変化はあったものの、やはり駄目だった。芯が硬い。薄く切ったり細かく刻んでも、嘘みたいに中心部が半生の状態だ(じゃがいもは大丈夫だった)。

また、それ以外に、「芋が風邪をひく」という地域に根ざした慣用句のような言葉もあった。

里芋もさつま芋も寒さに弱いらしく、冷たい場所に長く放置すると、彼らは「風邪をひく」のだと言う。風邪をひいた芋は、どれほど長く煮ても火が通りづらく硬い食感が残るのだとか。


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世界の冷たさにぎゅっと肩肘張って、他人の熱のある応援ソングなど一向に心に沁みない少年を連想する。

土の匂いのまだ残った里芋たちを眺める。「ねえ、風邪気味なの?」と僕は問いかける。しかし、芋たちは心外だと言わんばかりに首を横に振る。「だってボクらはここにやってきたばかりじゃないか。このあったかそうな土のはんてんを見てごらんよ」

その通りだった。だが、それなら一体なぜ、熱が真ん中に染み込んでいかないのだろうか(里芋はその件については沈黙を決め込む)。

その後も、一晩中水につけてみたり擦りおろしたりと試行錯誤を繰り返すのだが、相も変わらずの頑固っぷり。僕のこの熱は、永遠に彼らの心には届かないのだ。もういいや、諦めよう。

──── と、そのときだ。

ふと思い立ったのが、「蒸す」という調理法だった。

僕は基本的な料理の知識も技術も、ほとんどと言っていいほど持ち合わせていない。だから正確に「蒸す」というのがどういうことなのか、実はさっぱりだ。

ただ、「密閉して蒸気で熱する」という大まかなイメージで再び調理を始めた。それが以下の方法である。

 

里芋やさつま芋の皮を洗って、適度な大きさに切って空の鍋に入れる。

 

鍋に水を、芋が半分隠れるくらいに注ぐ。

 

蓋をしっかりと閉じ(これが大切だと実感)、弱火から中火で温める。

 

30分くらい熱してから串でさす(もうこの段階で両方ともだいぶ柔らかく熱が行き届いていた)。それからまた好みの柔らかさになるまで蓋を閉じて温める(味付けはご自由に)。

 

以上で完成。

手を替え品を替え、あらゆる角度から訴えかけても真ん中に想いは届かなかったにも関わらず、この調理法で、嘘みたいに熱が染み込んでいったのだ。

とろとろの里芋。ほくほくのさつま芋。

水も少ないし、ものすごく時間をかけたわけでも、決して熱量が強いわけでもないのに、蓋を閉じてじっくりと蒸気で温めるだけで熱が深く浸透していく。

大げさかもしれないけど、この体験には、僕の心に沁み込んでくる何かがあった。

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2017-01-05 | Posted in ホン、モノ