「"死にたい、死にたい"と言うひとほど実際は死なない。」 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

こころ

「“死にたい、死にたい”と言うひとほど実際は死なない。」

 
Glass Story

死にたい、という咳払い

ときおり耳にする、「“死にたい、死にたい”と言うひとほど実際はなかなか死なないんだ」という揶揄は、ある意味では正しいし、ある意味では間違っています。

自傷行為が必ずしも「自殺未遂」ではないように、「死にたい」もまた「自殺願望」と一括りにはできません。

自分の人生の重みに耐えられなくなった心は、まず、「ああ、死にてえ」と気軽に呟いて、人生を軽く捉えることで深呼吸しようとします。

口癖のように「死にたい」と繰り返すことで、必死に人生の重みを削ろうとする。こうすることで心は無意識のうちに「生きよう」としているのです。

だから、「死にたい、死にたい」とすぐ口にする人間がなかなか死なないというのは、ある意味で正しいと言えるでしょう。

あえて、そんな風にカジュアルに口にすることで、結果として「なかなか死なない」ように、必死にバランスをとっているのですから。

しかし、だからと言って、「死にたい」と言えるのは「元気な証拠」でもありません。

それは、咳をすることで毒素を外部に排泄しようとしているのだから咳自体は悪いことではなく、でも、だからと言ってそれが「元気な証拠」でもないのと同じように。

そして、最初は軽い咳だったのが、次第に重く、深い、病的な咳に変わっていくように。

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2017-02-25 | Posted in こころ