高齢者を励ます言葉 孤独と自由を愛する日本画家、堀文子の名言集  | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

作家の言葉

高齢者を励ます言葉 孤独と自由を愛する日本画家、堀文子の名言集 

Glass Story

堀文子さんは、1918年に東京に生まれ、御歳98歳になる日本画家で、長年、花鳥風月、生命の神秘を描いてきました。

ここでは、もうすぐ白寿を迎える堀さんのこれまでの言葉を集めた著書「ひとりで生きる(求龍堂)」から、個人的に好きな名言を紹介したいと思います。

人生の大先輩として若者にとっては指針となり、また高齢者の方々にとっては(多くの高齢者は彼女から見れば「若者」かもしれませんが)、その心に寄り添い、ときに優しく励ます言葉となるでしょう。

 

冬野の詩 1988年

 

私はいま九十代のスタートなんです。

あと何年でお迎えがくるのか知りませんが、初めてのことなんです。「九十代」は初体験です。

 

 

齢を重ねて自由がだんだん体の近くまできました。まだ完全に自由ではないけれど、自由は確かに近づいてきたようです。

 

 

身体が衰えてきますと、誰でもが何もできない諦めの老人と思うでしょう。

けれども私は知らなかったことが日に日に増えてきます。いままで「知っている」と思っていたことが、本当は「知らなかった」と。それが、だんだんわかってくるのです。

 

トスカーナの花野 1990年

 

私は、生まれたときの、子どもの頃の、初めて知ったあの感動を取り戻したい。

これが目標なんです。この望みをかなえるまで、気を抜かず、わくわくしながら最後の旅を終えたいと思います。

 

 

死は外から向かってきたのではなく私のなかにいた。一方、死に立ち向かう軍団も私のなかに存在していた。

 

 

今は死が七割ぐらい体のなかにいます。もう遠いことではなくなった死に対して恐れを感じなくなり、死と共存していますからとても穏やかになりました。死は今では身内のようにいたわり合える間柄になりました。

 

 

私たちは自然の生き物であることを忘れて人間がいちばん偉いと思っているからおかしくなるんです。

 

古代マヤの守護神 2009年

 

息の絶えるまで感動していたい。

 

 

私のなかに潜む未知の能力がまだ芽を吹いていないんじゃないかと、あきらめきれないでいるんです。

 

 

私は岐路に立たされたとき必ず、未知で困難な方を選ぶようにしています。

初めての困難に遭うとそれを乗り越えるために今まで経験しなかった未知の底力が体のなかからマグマのように湧き上がります。

 

 

「もう何歳だから……」とよく聞きますね。年齢にもこだわりすぎです。そもそも、若いってそんなにいいことかしら? 「未熟」ということでもあるのです。私は十代の頃から早く年をとりたくて、いつも十歳以上にサバを読んでいました。でも今はまずいんです。これまで通りにサバを読んだら百歳を越えてしまう。これではユーモアになりません。

 

 

「恥を残しては死にたくない。」なんて焦ったこともありましたが、私の恥を見て笑った人もいずれ死ぬんですから「まあいいや」と思うようになり、整理のできないまま年をとりました。

 

 

一生は一回しかないんですよ。

 

 

反省なんかしないで、自分のことを「バカ!」って叱るのがいちばん。バカでいたくなければ、自分で何とかするでしょう。

 

あかくらげの家族 2008年

 

日本はバブルの真っ只中。恥知らずの国に成り下がり、品位を失ったこの国で死ぬのは嫌だ。私は日本脱出を決めた。一九八七年七〇歳の春のことだった。

 

 

その時その時をどう生きているか、その痕跡を絵に表すので、一貫した画風が私にはないのだ。結果として画風が様々に変わって見えても、それらはすべて私自身なのである。

 

 

私は関東大震災といい、二二六事件といい、乱世を生きる運命を抱えているのかもしれません。あれは日本の曲がり角となる事件でした。関東大震災で奇妙な感受性を植え付けられた女の子が、十余年経ったのち、二二六事件によって、死への予感と目前に迫り来る戦争の気配を強く感じたのです。

 

ビップとちょうちょう 1956年

 

ただ黙って、手を合わせるような心で、花は見るものである。

 

 

先を争って地に還っていく落葉の美しさはたとえようもない。傷一つない幸せだったもの。患ったもの。虫に食われ穴だらけのもの。神はどの葉にもへだてなく、その生きた姿を褒め称え美しい装いを与えて終焉を飾ってくださるのだ。

 

 

生きるものはやがて死に、会うものは別れ、財宝も名利も仮の世の一時の奢りであることが、否応なく見えてくる今日この頃である。

 

 

無心に生きるものには幸せも不幸せもない。私もやっと、苦しみ傷ついたものの美しさに気付く時がきたようだ。

 

 

アトリエの庭に立つ、樹齢五百年以上経つ十八メートルもあるホルトの木。土地が元の持ち主から人手に渡り、この木が伐られることになったとき、長い歴史を生きた木の命が、目の前で抹殺されるのを許せず、この木の命を救う道は、ただひとつしかない。土地ごと買うしかないと決心しました。利益追求を国是とし、自然破壊を恥とも思わぬこの国への怒りが爆発したのです。

私は、この巨木の命を救えたことを喜び、その肌をさすっては末長い長寿を祈った。この為に得た土地に建てたアトリエが、私の最後の仕事場となった。ここを買う為に背負ったバブルの最盛期の多額の借金は、老後の私の衰えの全てをなくしたが、木の命を救えた喜びで、悔いはなかった。

 

 

王者の威厳をもつ、この老木の下で、今私は最後の絵を描いている。

 

 

堀文子の言葉 ひとりで生きる (「生きる言葉」シリーズ)

堀文子の言葉 ひとりで生きる / 堀文子

 

堀文子画文集 命といふもの (サライ・ブックス)

堀文子画文集 命といふもの / 堀文子

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2017-04-09 | Posted in 作家の言葉