なぜ病気になるのか、病気の「本当の原因」という考え方 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

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なぜ病気になるのか、病気の「本当の原因」という考え方

 
Glass Story

原因と対策

病気の本当の原因とは、なんでしょうか。

病気の本当の原因が分からなければ、本当の対策も行えません。

世の中には、数多くの「原因」が溢れています。専門家は、「原因」はこうだと断言し、「対策」はこうだと主張します。

しかし、本当の「原因」について考えてみると、それは決して簡単に提示できるものではありません。

 

たとえば、ガンの「原因」とはなんでしょうか。

ある医師は、ガンの原因はガン細胞だと言います。もしガンの「原因」がガン細胞であるなら、「対策」は「原因」を取り除く=切除することになります。

しかし、ガン細胞は、ガンになる「本当の原因」とは言えません。

 

ある医師は、「ストレス」だと言います。ストレスが、ガンの「本当の原因」だと。しかし、それなら、「本当の原因」は、ストレスをつくっているストレッサーではないでしょうか。

体にとっては、過労も一つのストレスです。すると「本当の原因」は、仕事場の労働環境(労働基準法)でしょうか、それともワーカホリックにならざるをえない精神状況でしょうか。

フラッシュバックする幼少期のトラウマも一つのストレスです。すると「本当の原因」は、アルコール中毒で暴力的だった父親でしょうか。彼はなぜアルコール中毒になったのでしょうか、彼もまたトラウマを抱えていたのでしょうか。

溢れかえる添加物や電磁波も、体にとっては一つのストレスです。すると「本当の原因」は、ジャンクフードや電子機器の氾濫でしょうか、それとも企業に対する規制の甘さでしょうか、健康意識の低さでしょうか。

 

ジブリの宮崎監督は、「大衆消費社会」を批判します。

それは、大量生産と大量消費に溢れ、だれもが消費のための消費を繰り返し、そのサイクルを永遠に維持しつづけなければ(そして有限の世界でそれは絶対に不可能)持たない制度のもとで成り立っている社会のことです。

その「大衆消費社会」を戦後日本に持ち込んだのが、アメリカでした。「だから私はアメリカが嫌いだ」と宮崎監督は言います。

しかし、それでは、その「本当の原因」はなんでしょうか。戦争に負けたことでしょうか、戦争を行なったことでしょうか、軍部の暴走でしょうか、世界からエネルギーを絶たれたことでしょうか。

そもそもなぜ「戦争」に向かっていったのでしょうか。近代国家として膨張する必要があったのでしょうか。なぜ欧米列強と向き合わなければいけなかったのでしょうか。

宮崎監督は、あるインタビューで、あまり考えすぎると、「黒船のせいだ」という話になってくる、という風に語っていました。

それでは、黒船はなぜやってきたのでしょうか。なぜ白人はつねに西へ西へと開拓しようとするのでしょうか。

 

 

一つのフィクションを生きる

込み入った話になりましたが、要するに「原因」を探るというのは、決して簡単なものではない、ということです。

しかし、だからと言って「本当の原因」にこだわりすぎると、結局のところ原因は「人類が生まれてきたことだ」という極論に繋がっていきます。不幸の原因は「私が生まれてきたことだ」となってしまうように。

だから、「原因」を考えるときは、必ずある一部分をきりとった便宜的なフィクションになります。そして、「対策」もまた、便宜的なエンディングになる。

絶対的な原因もなければ、絶対的な対策もない。

それは体の病気に限ったことではありません。社会の病気、企業の病気もそう。だから「平和」を求めるときに大切なことは、今この限られた自分という存在によってできることを、できる範囲で丁寧に行っていく、ということになります。

勤めている会社の雰囲気の悪さの原因の一つは、仕事場の汚さにあると、私は思う。だから、「対策」として、ひとまず仕事場をこつこつと片付けていこう。すっきりとさせよう。

それでいいのです。それも一つの答えなのです。

余裕があって踏み込めるようならもう一歩踏み込んでもいい(「職場がごたごたするのは、仕事机の作りが悪いからかもしれない」)。

職場がすっきりして、同僚も少しずつ心が穏やかになって、結果的に業績もあがるかもしれないし、自分のストレスも減るかもしれません。

 

 

話を体の病気に戻します。

医学も絶対ではありません。

医師に自分の病気について、「なぜ」と「原因」を尋ねてみて下さい。

おそらく医師は、もっとも表層的な「原因」を口にするか、あるいは専門的な用語をつかって「メカニズム」を説明するでしょう。

それも一つのフィクションであり、確かに間違いではありませんが、「本当の原因」という考え方からすれば、もっとも真実から遠い「原因」であると言えるでしょう。

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2017-08-26 | Posted in からだと自然