宮崎駿、「天才」のエピソード 「作品を見ないで語る」 | コップのお話 〜体と心と自然の物語〜
 

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宮崎駿、「天才」のエピソード 「作品を見ないで語る」

 
Glass Story

ジブリ、宮崎駿

宮崎駿は、天才でしょうか。

宮崎駿とは、もちろん、ジブリの宮崎駿監督のことです。

天才というのが、全く努力をしないでも成果を出せる人を指すのであれば、宮崎駿は天才ではないでしょう。宮崎監督は、膨大な読書量と、人間観察と、実技経験を有している。

でも、ここでは、「天才」というのを《道筋をすっかり忘れてしまって結論だけが残っている人》と定義したいと思います。

その定義にのっとって言えば、宮崎監督は、ずばり「天才」であると言えるでしょう。

本質だけをばっとつかみ、本質だけをばっと描写する。

なぜか、という道筋は、ほとんど光の速度のごとく消え去って見えない。

映画『風立ちぬ』も、堀辰雄の小説『風立ちぬ』と零戦の設計者である堀越二郎の人生を「ごちゃ混ぜ」にして、そこに自分の想いを載せる、という離れ業を行なっています。

この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。

後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。

出典  :  『風立ちぬ』企画書

なぜ、「堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃ混ぜ」にしたかは、宮崎駿監督自身、たぶん明確な説明がつかないのではないでしょうか。

 

天才のエピソード

こうした宮崎駿監督の「天才」性を物語る一つのエピソードが、宮崎監督を、お互いに20代の若者だった頃から支え続けた鈴木敏夫プロデューサーの近著『ジブリの文学』に紹介されています。

それは、今から30年ほど前のことでした。

宮崎さんは、作家のC・W・ニコルさんと対談することになった際、鈴木敏夫さんに珍しく「ビデオを貸して欲しい」とお願いしたと言います。

そのビデオのタイトルが、『我が谷は緑なりき』というジョン・フォードの作品でした。

鈴木さんは、このお願いにひどく驚きました。宮崎さんは、これまでに幾度となくこの作品について熱くスタッフや著名人に対して語ってきたからです。

今更どうしたのだろう、と鈴木さんは疑問を抱きました。

すると、宮崎監督は、あらぬ方向を見ながら、ぼそりと「自白」したと言います。

……いや、実は、映画を見たことがない。

真相を確かめるべく問いただすと、宮さんが見たことがあったのは、『我が谷は緑なりき』のスチール一枚のみ。その一枚から、想像を膨らませ、映画の内容についてこういう映画に違いないと、勝手に決めていたのだ。

たぶん、何度も話しているうちに、自分でも映画を見たと信じ込んでいたのだろう。で、これまでは何とかなってきたが、今回ばかりはそうはいかない。

なにしろ、C・W・ニコルさんは、『我が谷は緑なりき』の舞台になったウェールズで生まれ育った人だ。

『ジブリの文学』鈴木敏夫著

これと似たようなエピソードとして、宮崎監督は映画を見る際、ほとんど見ずに「つまらない」と判断して映画館から出る、という話もあります。

おそらく、物語の筋書きよりも、一瞬の俳優の動き、台詞、光の具合、音といった映像の全体から、過去の体験や感受性と照らし合わせて、「これはだめだ」と生理的嫌悪のような感覚が働くのでしょう。

よく「神は細部に宿る」と言われますが、細部が疎かだと、それが「神ではない」と容易に見破られるのです。

 

ちなみに、僕が驚いたのは、宮崎監督がおすすめする児童文学について語る『本へのとびら 岩波少年文庫を語る』を読んだときのことでした。

結構な量の本を、「僕は読んでいないけど」面白いはずだ、と読んでいない本をおすすめしていたのです。

こんなことは、「天才」でなければ許されないことだろうな、と思います。

鈴木敏夫さんは、宮崎監督との付き合いが始まってまもなくの頃、それまで宮崎さんとコンビを組んできた大塚康生さんに、次のように教えられたと言います。

「大人だと思えば腹が立つ、子どもだと思えば腹も立たない」

 

ジブリの文学

ジブリの文学 / 鈴木敏夫

 

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2017-09-22 | Posted in 文学と芸術