日本的情緒の根源 原研哉『デザインのデザイン』より、なぜアジアで日本だけが「わびさび」など簡素の美学が育まれたのか | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

文学と芸術

日本的情緒の根源 原研哉『デザインのデザイン』より、なぜアジアで日本だけが「わびさび」など簡素の美学が育まれたのか

 
Glass Story

なぜ日本は簡素を美としたのか

デザイナーの原研哉さんの『デザインのデザイン』に、次のような不思議な地図が登場します。

なぜアジアでも日本だけが、「簡素」や「寂」、「間」といった簡素の美学が育まれたのか、その土壌、根源とは何か。

これは、その疑問について原さんの考え方を紹介する際に参照された、ユーラシア大陸を横に90度回転した地図です。

日本文化のシンプル志向や、空っぽの空間にぽつりとものを配する緊張感はアジアの中でも特殊である。他のアジア地域は装飾ひとつとっても高密度で稠密なディテイルを持つ。

しかしながら日本は一転して簡素で空っぽをよしとする発想がある。「数奇」とか「寂」そして「間」などというセンスの土壌は何なのか。

『デザインのデザイン』原研哉著

原さんは、その問いに対する答えがずっとわからなかったのですが、この地図によってある一つの仮説が浮かんだと言います。

それは、日本列島が、あらゆる文化の受け皿として、その混沌を引き受け続けることで、極限である「ゼロを持って全てを止揚する」ことに到達したのではないか、というものでした。

よく日本人は新しいものはつくれないが改良することは得意だ、という風に言われます。フランスの日本人にまつわる本にも、次のような疑問が呈されています。

なぜ日本人達は、技術をそのまま応用することに満足せず、それらをときおり大きく変更してしまうのか。(Mais pourquoi les Japonais ne se sont pas contentés d’adopter les techniques telles quelles, mais les ont modifiées, parfois grandement. )

出典  :  日本人は全てをコピーする、そして改良する(Le Japon)|フランスの日々

それも、こういう辺境の地ならではの「受け身」の文化的土壌が大きく影響しているのかもしれません。

 

 

日本的情緒の根源

もう一つ、僕が個人的に思うこの日本的情緒の土壌に関する仮説として、やはり「自然」というのが深く関連しているのではないか、と思うのです。

四季の移ろいや、地震や噴火といった天災は、古来日本人に「無常観」を与えてきました。

正確には、この無常というのは仏教の考え方ですが、伝来してきた仏教と日本古来の自然観が上手に組み合わさったのには、この自然の移ろいや儚さが関係していると思います。

たとえば『古今和歌集』では紀友則が桜の散ってゆく風景に悲しみを乗せて歌にしていますし、鴨長明の『方丈記』を読むと、京都の台風や地震、火事などによって痛感した儚さと仏教観とが混ざり合い、あの自然の移ろいを絵の具に無常観を表現した冒頭の描写に繋がっているのが分かります。

 

ゆく川のながれは絶えずして、
しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し

 

こうした「無常観」によって沸き起こる情感というは、悲しみや寂しさといった淡い情緒であり、その感情に寄り添う(壊さずに表現する)ためには、「もののあはれ」「わびさび」と呼ばれるような、ある種の哀愁をともなった簡素さが求められ、その素材として日本の自然が絶妙にシンクロしていったのではないか。

箱としての無常観と、四季の美しさや儚さが折り重なり、日本の簡素の美学に繋がっていったように感じられるのです(だからそれは単なる「シンプル」とは違います)。

 

近代以降も、欧米から到来した様々な箱に、「日本的情緒」を盛り込む作業が行われてきました。

フランスの「近代詩」という形式に学び、その箱に日本的情緒を盛り込んだ中原中也然り、あるいは「デザイン」という箱に日本的情緒を盛り込んでいる原研哉さんも同じことが言えるでしょう。「ヒップホップ」や「ロック」、「フォーク」にも、反権力ではない、日本的情緒の盛り込まれた歌が多いと思います(それはときに「本場の××とはちがう」といった批判も受けます)。

こうした美観は、ただ「自然を賛美する」というのではなく、かなしみと、自然とが、わびさびの精神でもって絶妙に混ざり合いながら体感を通して伝える術であり、体系立てて論理的な言葉で説明するのはとても難しいものです。

 

ここで自国の文化の優位性を訴えたりとか、近代以降のフィクションに過ぎない国境線を過剰に信仰するつもりもありません。

が、と言って「全部が一緒だ」というのも、結局「境界線をくっきりと引く」という点では同じように乱暴なことだと僕は思います。

なぜなら、死生観や宇宙観は生まれ育った風土と分かち難く結びつき、言葉もまたその土地から芽生えたものだからです。

日本の「情緒」というのを大切にし(それはつまり足元のかなしみを背負い)、次々と届き、押し寄せる箱に、そうした「日本的情緒」を盛り込んで再び世界に返してゆくことが、長い長い世界平和への道の、欠かせない一つの貢献にもなると思うのです。

 

デザインのデザイン

デザインのデザイン / 原研哉

 

情緒と日本人 (PHP文庫)

情緒と日本人 / 岡潔

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2017-10-09 | Posted in 文学と芸術