正常と異常 「集団に馴染めない」小学生の児童、教室の10人に1人が発達障害という調査報告 | コップのお話
 

こころ

正常と異常 「集団に馴染めない」小学生の児童、教室の10人に1人が発達障害という調査報告

 
Glass Story

発達障害は、10人に1人

精神科医の本田秀夫さんの調査によれば、小学生の児童(一年生)の10%が発達障害だと言います。

教室の10人に1人の子供が発達障害を抱えている、ということになります。

ちなみに、この統計は、学校の先生に対する聞き取り調査によるもので、小学校に入学する以前に病院で発達障害の診断を受けた子供だけでなく、先生がこの子は発達障害ではないか、と思われる子も含めた結果です。

一方で、医療機関に対して行なった調査では8%程度という結果でした。

横浜市や広島市など全国十数か所の自治体に協力してもらい、小学校と医療機関の両方にアンケートをしました。06年度に生まれた子たちが1年生だった時に、その子たちについて尋ねたアンケートの結果は次のようになりました。

各自治体の小学校に「1年生の中で発達障害と思われる子はどれくらいいますか?」と質問しました。子どもの中には、病院で発達障害と診断を受けた子だけでなく、診断はされていないけれど学校の先生たちから見ると「この子は発達障害かも」という子がいます。そういう子も含めて答えてもらいました。

質問に対し、例えば横浜市だと、児童全体の10・9%という回答が得られました。他の自治体でも、「10%以上」という回答が多かったのです。

一方、医療機関への調査では、06年度生まれで小学校に入るまでに発達障害と診断された子の割合を調べました。横浜市の7・7%を筆頭に、5%以上の子どもが診断されていた地域がいくつもありました。

出典  :  集団の中で浮いてしまう…小学1年生の1割、発達障害か|読売新聞

そして、この発達障害の症状のなかで多いのが「自閉症スペクトラム」だと本田さんは言います。

この「自閉症スペクトラム」がどういった症状なのか、ということについて記事に一つの事例が紹介されていました。

 

 

自閉症スペクトラムとは

ある中学一年生の女子児童は、周りからちょっと人付き合いが悪いのかな、という印象を持たれる程度で、当初「発達障害」とは思われていませんでした。

しかし、彼女が部活動の試合の日に取ったある行動が、実は「発達障害」の傾向を示すと言います。

その日は、所属していた部員全員がいったん駅に集まってから試合会場に行く、ということになっていました。

そして、彼女は、他の女子部員たちから、「(待ち合わせ場所の)駅まで一緒に行こうよ」と誘われました。すると、彼女は、「面倒だから、私は1人で行くわ」と断りました。

こうしたことが重なって、あの子は変わってる、と仲間外れにし、次第に彼女は部活にいづらくなってしまったそうです。

中学生くらいの女の子は、グループで一緒に行動するのが好きですよね。駅で集合するときも、300メートルも離れていないようなコンビニにわざわざ集まって、そこから全体の集合場所まで仲良く歩いていく。そういうのが楽しいのです。

そんな女の子同士の付き合いを自分から積極的に断ると、ものすごく変わり者とみなされてしまいます。でも、彼女の場合、それが面倒くさいと感じるのです。そもそも駅で集合するのに、なぜわざわざコンビニに集まって短い距離を一緒に行かないといけないのか。非合理的だ、と考えたというわけです。

その後、彼女は、他の女子部員たちから「あの子、変わってる」と思われ、仲間はずれにされて部活にいづらくなってしまいました。

出典  :  集団の中で浮いてしまう…小学1年生の1割、発達障害か|読売新聞

このように「自閉症スペクトラム」を患っていると、「自分のやり方、関心、ペースを最優先させたがる傾向」があり、一方で、「仲良くなるための臨機応変な対人関係には興味がないか、苦手」です。

集団に馴染めないため、学校に行けなくなってしまうこともあると言います。

 

 

と、ここまでの記事を読んだ率直な感想として、あえて異議申し立てさせてもらいたいのですが、彼女、そんなに病的でしょうか。

どちらかと言うと、(これも「あえて」言わせてもらいますが)、皆でいつも一緒にいて、くっついて、(今ではLINEやインスタで昔とは比較できないくらい「常時接続」の世界に住んでいて)、そういうのが息苦しかったり、苦手だったり、対応できないからと言って「変わり者」にして、部活にいづらくさせている「集団」のほうが、何かしらの病名がついてもいいのではないでしょうか。

もちろん、「あえて」なので病名をつける必要はありませんが、彼女のほうを「異常」にすることに僕は大きな違和感を覚えます。


PR


むしろ、「真っ当」な反応なのではないか、という気さえします。

これは「うつ病」の問題とも関連します。

世の中が「うつ病」で溢れ、増加の一途を辿っている。とすれば、それは個人の「うつ病」という病気ではなく、社会の側の欠陥でしょう。

決して「発達障害」や「うつ病」が正常だと言っているのではありません。

そのままでいい、というわけでもありません(一方で「そのままでいいよ」と受け入れる社会の寛容な姿勢も必要です)。

しかし、ある種の異常さ(の増加)は、異常な社会では正常な反応であり、また、個人のみに「異常」のレッテルを被せ、「治療」の対象にする傾向こそが「異常」なのではないか、と僕は思うのです。

 

 

この記事では、次のように結ばれます。

子供の頃の発達障害は、家族や先生など「大人」の視点から、「困ったことをする」として問題になりがちですが、年齢とともに、この集団に馴染めない性質が、自己肯定感の欠如やうつ病など二次的な影響を本人に与える。

こうして周囲の「大人」の問題から、いずれ本人の問題になっていく。

困ったことになるのは、本人なのです、と(たしかにそれは「事実」でしょうが、しかし「結論」ではないでしょう)。

2+
2017-12-05 | Posted in こころ