茨木のり子「時代おくれ」 | コップのお話 〜コップの水が溢れるように〜
 

作家の言葉

茨木のり子「時代おくれ」

Glass Story

これは詩人の茨木のり子さんの「時代おくれ」という詩です。

 

時代おくれ

車がない
ワープロがない
ビデオデッキがない
ファックスがない
パソコン インターネット 見たこともない
けれど格別支障もない

 そんなに情報集めてどうするの
 そんなに急いで何をするの
 頭はからっぽのまま

すぐに古びるがらくたは
我が山門に入るを許さず
  (山門だって 木戸しかないのに)
はたから見れば嘲笑の時代おくれ
けれど進んで選びとった時代おくれ
もっともっと遅れたい

電話ひとつだって
おそるべき文明の利器で
ありがたがっているうちに
盗聴も自由とか
便利なものはたいてい不快な副作用をともなう
川のまんなかに小船を浮かべ
江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも

旧式の黒いダイアルを
ゆっくり廻していると
相手は出ない
むなしく呼び出し音の鳴るあいだ
ふっと
行ったこともない
シッキムやブータンの子らの
襟足の匂いが風に乗って漂ってくる
どてらのような民族衣裳
陽なたくさい枯草の匂い

何が起ころうと生き残れるのはあなたたち
まっとうとも思わずに
まっとうに生きているひとびとよ

 

僕はもう「まっとう」には生きられないけれど、どちらが「まっとう」か、その方角だけは見失わないようにいたいと思う。

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2017-12-30 | Posted in 作家の言葉