水俣病患者の葛藤を綴った、みんなのミシマガジン「いのち」の感想 | コップのお話
 

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水俣病患者の葛藤を綴った、みんなのミシマガジン「いのち」の感想

 
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縦棒  みんなのミシマガジン「いのち」の感想

ミシマ社のホームページで公開されるエッセイ、「みんなのミシマガジン」。

文化人類学が専門の松村 圭一郎さんが執筆し、第三回は、水俣病患者の緒方正人さんの葛藤について記されています。

緒方さんは、6歳のときに父を水俣病で失い、自身もめまいや痺れといった症状に苦しみながら、父の仇を打つために水俣病訴訟の運動に参加しました。


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しかし、加害者企業であるチッソは、次々と責任者が変わる。役所の担当者も裁判官も変わる。「手続き」だけが残り、「手続き」は「賠償金」という形で責任を果たした、と被害者に言う。

誰も、緒方さんの問いには答えてくれず、「人間の責任」も取ってはくれませんでした。

そして、その問いかけは、自分自身に返ってきます。

緒方さんは、もし自分が加害者であるチッソ、すなわち商品をつくればつくるほど儲かる企業の従業員であったとしたら、今責めている人たちと同じことをしたのではないか、と自身に問います。

少なくとも、絶対にしない、とは断言できないのではないか、と。

気がつけば、自分も車を買って運転し、家には家電製品があり、仕事でプラスチック製の船に乗っている。チッソのような化学工場で生産する材料で作られたものに囲まれた生活をしている。近代化し、豊かさを求めるこの社会に、自分も生きている。そうして緒方は「チッソというのは、もう一人の自分ではなかったか」と自問する。

出典 : いのち|みんなのミシマガジン

緒方さんは、その後、加害者と被害者という二項対立が崩れていくなかで苦しい葛藤にさいなまれるようになります。

水俣病の認定申請をする協議会から離脱し、自身の認定申請も取り下げてひとりになったあと、緒方は3ヵ月ほど「狂いに狂っていた」。テレビの画面を見るだけで耐えられなくなり、外に放り投げて壊す。信号機や道路標識を見ても抑えがたい嫌悪感を覚える。

テレビを見ていると「あれを買いなさい、これを買いなさい、観光にはハワイに行きなさい」と一方的に言ってくる。信号や道路標識は「ここは右に行くな」「何キロで走りなさい」と決まりを押しつけてくる。あらゆる一方的に指示してくるものに、強烈な拒絶感を抱くようになった。

出典 : いのち|みんなのミシマガジン

自分を苦しめてきたものが、憎むべき「敵」として外にあるのではなく、すでに自分のなかに、自分の日々の生活に、幸福に、そしてあまねく世界に。

緒方さんが、その袋小路から抜け出す糸口としたのは「命の記憶」でした。

命の記憶とは、汚され、人々の体を蝕ぶことになる「海」。不知火海の漁師はチッソは憎むことはあっても、海は憎まなかった。海と、世界と、生き物の連なり。

問題の本質は、認定や補償ではない。世界に生かされて生きている。命がさまざまな命とつながって生きている。それを身近に感じられる世界が壊され、命のつながりが断ち切られた。水俣の漁民や被害者たちの「闘い」は、この尊い命のつらなる世界に一緒に生きていこうという、あらゆる者たちへの呼びかけだったのだ。

出典 : いのち|みんなのミシマガジン

僕は緒方さんの著書を読んだわけではありませんが、ただ、この緒方さんの行き場のない自問と、「巨大なシステム社会」への拒絶、その先にたどり着く「命の記憶」に、人類の普遍的で悲しい葛藤を感じました。

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2018-06-21 | Posted in からだと自然