体験記
奈良•静養院、自然の豊かさと、断食体験の日々 Ⅱ 〜はじまり〜

Glass Story
僕は、空になった煎餅の袋をくしゃくしゃと丸めてポケットに詰め込み、小ぶりのリュックを背負いなおし、不揃いの石段を降りていった。
玄関までの道のりは入り組み、木々や雑草が生い茂る。色んな虫が飛び交っていた。
建物はいくつかに分かれ、渡り廊下で繋がっているような形になっていた。どうやったら本館に辿り着けるのか、さっそく僕は迷った(実際は単純で、ただ遠回りをしていただけだった)。
建物の横開きの戸を恐る恐る開けると、何度かチャイムが鳴り、中年の、大らかな関西弁の所長さんが玄関に現れた。
そして、玄関のすぐ隣の所長室で、今後の日程やトイレの場所などといった説明を受け、滞在する部屋に案内された。
廊下は、ひんやりと冷たく、薄暗い、まるで小学生の頃の林間学校を思い出させるようだった。幾枚かの黄ばんだ貼り紙や古いポスターを横目に通り過ぎていく。
部屋は、奥の角部屋だった。木製のガラス戸で、開けるとガタガタと音がした。
広さは四畳半。炬燵と、その横には布団が敷いてある。隅には古い型の小さなブラウン管のテレビが置いてあった。
窓の外を見ると、街の風景が一面に広がっていた。ミニチュアの電車がゆっくりと動き、奈良市に抜けるトンネルに吸い込まれるように消えていく。
慣れるまでは、この景色に違和感を抱いた。とても不思議な感覚だった。
もしかしたら、イアフォンで音を聴いたり、パソコンの画面に染まってしまっているせいかもしれない。
その窓枠のなかの風景や鶯の鳴き声が、果たして本物なのかどうか脳みそが探っているようだった。僕は、しばらくのあいだ焦点を合わせるように窓の外をぼんやりと眺めていた。
そして、ようやく焦点が合い、脳みそが現実と認識したあと、僕は、ふと、故郷に似ているな、と思った。
その風景は、だから、新鮮で異世界のようにも映ったのだけど、同時に、どこか懐かしさも入り混じっていた。
夜になると、鶯はすっかり鳴きやみ、しんとした静けさが室内を包み込んだ。
ときおり遠くのほうから聴こえてくる電車の音と、ほかの患者さんの引き戸を開けるガタガタという音だけが、まだ肌寒い、その夜の訪問者だった。
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