体験記
奈良・静養院、自然の豊かさと、断食体験の日々 Ⅳ 〜暇と余白を埋める本棚〜

Glass Story
断食が始まって最初の二日間は、ゆっくりと空腹に慣らせていくためにまずは少食をとる。この、実際に断食を開始する前の序盤の空腹の方がむしろ辛かった。
このときの空腹は、「お腹が空いている」というよりも、「食べたい」という欲望が内側で駄々をこねているようだった。
それが三日目の本断食が始まる頃には、逆に「食べたい」ではなく、冷静な、「お腹が空いている」という感覚で満たされていた。
また、空腹だけでなく、全身の重だるさが酷く、まるで老人のように恐る恐る歩いていた。
そして、こういう体力的な側面以上に、何よりも「暇」が高い壁となった。
断食期間中は「自由にしてもいい」と言われた。しかし、「自由」と言っても、大した移動はできないし、放っておくと「良からぬ」ことばかりが頭を巡った。
持ってきたノートには、断食が終わったら食べたい食事のリストや弱音ばかりが書き込まれていった。「何もしない」ということで、とてつもなく「時間」が長く思えた。
鶯が頻繁に鳴き、底冷えする山風が吹いた。
僕は、横になって目を閉じたり考えごとをしたり野球中継のラジオを聞いたり適当に本を読みあさることで、ひとつひとつの階段を上っていくように暇をつぶしていった。
また、娯楽室と呼ばれるフリースペースがあり、そこを利用することも多かった。
奥まった場所にある娯楽室は、畳の敷き詰められた広い部屋だった。
その部屋には、昔の断食の様子が映ったモノクロ写真が飾ってあったり、朝に所長さんが行っている(任意で参加できる)般若心経を唱える仏壇がある。
あるいは、関西ローカルや衛星放送が映る32インチサイズの液晶テレビがあり、その隣には多種多様な本が並んだ本棚があった。
特に、この本棚にはずいぶんとお世話になった。
この療養所に辿り着いた人々が、旅行鞄に詰め込んで持ってきた本をここに置いていった、その集合体が、この本棚なのだと言う。
埃をかぶったボロボロの古本から、真新しい背表紙の新刊まで、古今東西、雑多なジャンルの本が並んでいる。椅子に座って、その羅列をぼんやりと眺めているだけでも興味は尽きなかった。
きっと、難病を抱え、決死の覚悟で這うように生駒の地を訪れた人もいれば、失恋やリストラで人生をやり直すきっかけと考えて訪れた人もいたに違いない。そんなことを思いながら、タイトルを目で追っていく。
司馬遼太郎の歴史小説、哲学書、ビジネス書、流行りの推理小説や失恋がモチーフのライトノベル、古い漫画や雑誌などがごった煮で並んでいる。
この本棚自体が、まるで一冊の歴史書のようだ。
僕はそう思いながら、旅にまつわるエッセイ集と、村上春樹の『ノルウェイの森』を手にとった。
陽が沈むと、計ったように鶯の鳴き声は静まり、窓から見る夜の街並みは川底に散らばった宝石のように綺麗だった。
夜景がやっぱりきれいだ。
角部屋だから窓から見えるのもありがたい。
今も窓から儚げにまたたいている。カーテンのすき間からゆっくりと動いている
電車の窓の灯りと、点滅する信号。小さな小さな、赤い点が見える。
ある夜の日記、力が入らないのでよれよれの字で、そんな風に書いてあった。
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