文学と芸術
村上春樹さんが授賞スピーチで触れた、アンデルセンの寓話『影』の内容

Glass Story
アンデルセンの『影』
村上春樹さんが、デンマークのアンデルセン文学賞の受賞スピーチで触れた、アンデルセンの異色の物語、『影』。
アンデルセンと言えば、『みにくいアヒルの子』や『マッチ売りの少女』、『人魚姫』といった作品が有名な、デンマークの代表的な童話作家です。
しかし、この『影』という作品は、童話とは少し毛色の違う、解釈の分かれる不気味でシュルレアリスティックな内容となっています。
以下、『影』の内容について簡単に要約したいと思います。
一人の学者
主人公は、「真・善・美」を探求する一人の学者です。
彼は寒い北の地方から、あるとき暑い国を訪れ、しばらくのあいだ滞在することになりました。
昼はストーブに焚かれたように暑さが厳しく、彼はやせ細り、そして彼の影も縮んで小さくなるほどでした。
男の家の前には一軒の家があって、バルコニーから向こうのバルコニーを見ると、花が飾ってあって美しく咲いています。ときどき音楽が流れてくることもあり、ある夜には可愛らしい娘が立っている幻を見ることもありました。
しかし、その家に誰が住んでいるのか、だれも知りません。入り口も見つかりません。
そこで男は、バルコニーに立ちながら、背後の部屋の灯りによって向こうの家に映し出された影に、冗談交じりに「様子を見てこい」と言って部屋に戻りました。影は向こうの家の窓から入っていきました。
帰ってきた影
翌日、影が帰ってきていないことを知って学者は腹を立てました。
影のない生活。ところが、暑い国では色々なものが早く育つので、あっという間に新しい影が育ちました。そして、彼は故郷に戻ると、本業である研究を続けました。
学者は故郷にもどり、この世の真実と、何が善で何が美であるかについて、本を何冊か書きました。そうして月日が流れ、何年も過ぎました。
あるとき、扉を叩く音が聞こえたのでドアを開けてみると、そこには、極端に痩せてはいたものの、身なりもよく、立派な人物を想像させる男が立っていました。
男は、自分を「影」だと言います。
影は、ダイアモンドの指輪や金の首飾り、折りたたみ式の帽子に最高級の黒服で身をつつみ、財産を築いたのだと語り、あなたが死ぬ前に一度会っておこうと思った、と言います。
好奇心旺盛な学者は、不気味さよりも、影がどんな暮らしを送り、あのバルコニーの向こうで何を見たのか、ぜひ聞かせて欲しいと言いました。
影は一息つくとバルコニーの先で出会ったものについて語り始めました。
「向かいの家にだれが住んでいたか、知っていましたか?」と影は言いました。「この世でいちばん美しい方、ポエジーさんです。わたしはあそこに三週間いましたが、それはまるで三千年も生きて、今までに作られ、書かれた詩を全部読んだのと同じくらいに実りある日々でした。わたしが言うんだからまちがいありません。わたしはすべてを見、もうなんでも知っています」
そうして影がそのポエジーさんの控えの間で待っているときに、影は徐々に輪郭をはっきりと持ち人間になっていくようになりました(彼は「ポエジーとの血縁関係がわかった」と言います)。
その後、影は影としての特性も活かしながら色々な世界のものごとを見聞きし、そのことで様々な繋がりもできていったのでした。
一通り説明すると、影は名刺を置き、去って行ってしまいました。
影に乗っとられる
年月が過ぎ、学者は自分の本をだれも読んでくれないことにすっかり絶望していました。そこに再び影が訪れました。
そして、旅行に行きましょう、と誘います。旅費はわたしが出します、ただし、「わたしの影になってくれるなら」と。
学者は一度は断るのですが、次第に重病化し、ついに二人は立場を入れ替えて保養地に旅に出ることになったのでした。
保養地の先では、影が主人となって、その国の王女と出会い、まもなく二人は恋に落ちることになります。
影は、学者に、「私は王女と結婚する。君はこれからもずっと影として生きるんだ。決して人間だったと口外してもいけない。その代わり、年に十万ドルを与えよう」と言います。
学者は憤慨し、「みんなに言いふらせてやる」と言うのですが、だれも信じてくれません。そして、影となっていた学者は牢屋に閉じ込められてしまいます。
夜には、街中が明るく照らされ、祝砲が鳴り、盛大な結婚式が開かれました。
結婚式です。王女と影がいっしょにバルコニーに姿を現し、万歳! の祝福を受けました。
学者がそれを耳にすることはありませんでした。
命を奪われてしまっていたからです。
物語はこれで終わりです。
細かな説明を省いた淡々とした展開と、仄暗さのあるタッチでどこか奇妙なジョン・シェリーの挿絵も相まって、一気に引きこまれる作品です。
光と影
影とは、一体なんなのでしょうか。
村上春樹さんは、スピーチで「影とともに生きる」と言います。
自らの影とともに生きることを辛抱強く学ばねばなりません。そして内に宿る暗闇を注意深く観察しなければなりません。ときには、暗いトンネルで、自らの暗い面と対決しなければならない。
そうしなければ、やがて、影はとても強大になり、ある夜、戻ってきて、あなたの家の扉をノックするでしょう。「帰ってきたよ」とささやくでしょう。
出典 : アンデルセン文学賞受賞スピーチ、日本語訳全文|BuzzFeed Japan
挿絵では、最後のページで、打ち上がった花火が目と鼻に、街のきらびやかな灯りがにっこりと笑う口になっています。そして、その輝きから離れた場所に、ぽつりと寂しく墓石が立っています。
影 (あなたの知らないアンデルセン) / クリスチャン・アンデルセン、長島要一訳
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