政治と経済
これからのSEALDsとゆとり教育|第二ステージは社会をゆっくりと変える活動へ
Glass Story
これはSEALDsと全く関わりのない僕の、私的な願望と提案に過ぎません。
SEALDsという若いうねりが、一時的な熱狂ではなく、長期的な視野に立ち、社会をゆっくりと変えるような、これからの「第二ステージ」に、こんな活動はどうだろうか、と。
そういった個人的な想いを、つらつらと書いてみたいと思います。
学生デモ団体SEALDsの活動や理念の根底には、凝り固まったイデオロギーよりも、もっと緩やかな、「場」に対する信頼があると僕は思います。
それは誰か指導者が、トップダウン的に具体的なことを指示するのではなく、SEALDsという「場」を通ることで微細な変化の風を吹かせるような「空間」そのものを提供する。
また、立憲主義の下で、自由に議論したり考えたりすることによって、自ずから正しい方向に向かっていくと考える。
そういう意味でも、「場」に対する深い信頼があるのでしょう。
過去の学生運動は、イデオロギーのような人工の言葉によって自縄自縛に陥り、身動きが取れなくなった。
そして、次第に先鋭化し、過激化し、孤立化を深めていった。そんな印象を僕は持っています。
理念を具体的にすると、その具体性に縛られる。
僕は、彼らに、これからも、そのSEALDs(Student Emergency Action for Liberal Democracy - s)という「場」を守っていってほしいと思うのです。
そのための道筋として、勝手ながら、一つだけ提案をしてみたいと思います。
SEALDsのことは、学者やジャーナリスト、芸術家の人たちも数多く支援している。
その一人でもあるフランス現代思想が専門の内田樹さんは、平素から教育の市場化を批判しています。
今、あらゆることを「市場化」しようという動きがある。
市場化すればマーケットが答えを出してくれる。それは「稼いだものが正しい」という世界です。
モンスターペアレントという「クレーマー」は、教育が市場になり、生徒が客になった証であり、また文系学部の廃止騒動も、「金にならない」というのがその理由です
そういった価値観が下敷きでは、教育環境は、これからもっと劣化していくでしょう。
そこで内田樹さんは、凱風館と呼ばれる合気道の道場を開き、同時に、その場所でゲストスピーカーなどを招く、私塾を実践しています。
その理由について、インタビューで次のように語っていました。
日本人のほとんどは日本列島から出られないし、子どもを海外の学校にやるほどの資力もない。
でも、人間を奴隷に作り上げるような教育は受けさせたくないと思っている。だとすれば、日本の若者たちのために日本人の大人が学校以外の教育機会を担保するしかないでしょう。
引用 : GQ グローバル時代の教育基本論
僕がSEALDsに提案したいのは、この「私塾」という空間です。
彼らの若いデザインセンスと、理念と、そこに協力する支援者たちが、知や体験、それこそ内田さんの言う「身銭」を切ることで、アクセスしやすい私的な教育機関を創設してほしい。
北欧には、フォルケホイスコーレと呼ばれる全寮制の教育システムがあるそうです。
これは民衆による民衆のための教育機関。
期間は4ヶ月、半年、一年など学校によって異なり、年齢は17、5歳以上であれば誰でも参加できる。
そこではアート、デザイン、音楽、また伝統や現代社会の課題など、様々なコースがあると言います。
フォルケホイスコーレは、デンマークの教育者で、神学者、歴史化でもあったグルントヴィによって19世紀頃に築かれたデンマークの学校制度です。
……プログラムは多岐に渡り、スポーツ、アート、音楽、デザイン、プロジェクトリーダーシップ、など伝統的なもの、趣味やスキルを磨くもの、現代社会の課題に取り組むものまであります。
たとえば、こういったフォルケホイスコーレのような形や、日本で言うNHKカルチャーセンターのようなイメージで、もっと若者向けのものがあると参加者が増えるのではないでしょうか。
イスラム国の人質事件があった。
デザインの感性を磨きたい。演技を経験してみたい。
伝統文化に興味がある。
そういうときに、専門家の授業やワークショップを、ふと受講できるような、優しく、洗練された「場」があると、興味を持って足を踏み入れることができると思う。
ちょうどSEALDsがデモの「場」となっているように。
受験戦争のための塾ではなく、経済戦争のための大学でもない学び舎。
刺激や面白さ、ファッション性に優れた知の空間があると、もっとこの国の民主主義や資本主義が、社会が、厚みを持った成熟したものに変わる、変わっていく、と僕は思います。
もちろん、10年、30年、100年と時間をかけて。
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